if vol.1 【R-15指定】
- 2023/11/01
- 09:30
意外に昔話が好評だったのでまた今回もしてみる。
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兄貴分のIさんが経営していた違法フーゾク店S。俺もよく兄貴の事務所に遊びに行き、通称デリ車と呼ばれる送迎車に乗せてもらったりしていた。そのせいで、S店のキャストたちとは顔見知りだった。
特にMという名前のキャストは俺の好みのイイオンナ。年齢は二十代半ば、柴咲コウに似た端正な顔立ちで、S店での人気も頷けるものがあった。Mの顔は先日のR子と違い、今でもハッキリと思い出せる。
ある日のこと、勇気を振り絞って兄貴に、正規の料金を支払うので今度Mと遊ばせてほしいと頼んでみた。もちろんM自身がNGを出すのなら決して無理強いはしない。あくまでも本人の承諾があっての話。ダメもとだが、驚くことに、M本人もその申し出を快く受け入れてくれた。
ホテルに入室をしてMを待つ。Mとの約束の時間がやってきた。顔見知りの間柄だからか、最初は互いに緊張して、照れや気恥ずかしさもあったが、次第にその気持ちは解けていった。流れに任せ、違法フーゾクならではのプレイを楽しんだ。日本の法律を逸脱した遊び方であるが、筋や道義の面からいえばなにも後ろめたいことはない。
Mには、「今日はすまなかったな、嫌なら遠慮なくいってほしい、俺に言いづらかったらIさんかドライバーさんにいってくれればいいから」と伝えると、また指名してとMは裸のまま俺の腕に自らの腕を絡めてしなだれた。もたれたその細くしなやかな腕を俺はやさしくなぞった。
一週間後、再度指名をした。俺は彼女の身に起こった変化に気づいた。
かすかながらもシンナーの匂いがするのだ。女性ならマニュキュアを落とすのに除光液も使う、恐らくそのためだろうと無理やり納得したものの、他方、交わした唇の吐息にまでシンナー臭がすることなどあるのだろうかと訝しく思った。
若き日の過ちとして、シンナーを試したことのある昔の仲間たちの話を思い出したが、大人になった今、まさかMが……とは思いたくなかった。だいたい二十代半ばにもなって大麻や覚醒剤ならともかくシンナーを吸うものだろうか。シンナーやトルエンなんて、ゲートウェイドラッグの最もたるものであり、普通はその後、本格的なドラッグに移行するか、それとも若気の至りときっぱりしなくなるかのどちらかだろう。俺の感覚ではシンナー遊びなど十代で卒業するものでしかない。
兄貴にその疑念を伝えると、兄貴もまた同じように一瞬驚きの表情を見せたものの、やはり二十代半ばにもなってさすがにシンナーはやらないだろうと一笑に付していた。それもそうかと俺も納得した。
その数日後、水戸駅の駅ビルに買い物に出掛けた。南口のロータリーをひとり歩いていると突然背中に軽い衝撃を受けた。
振り返ると、そこにはMの姿があった。「こんなとこで何してんのよ?」、彼女の瞳はキラキラと輝き、明るい笑顔を浮かべていた。不意打ちのタックルを勝ち誇ったかのようにケラケラと笑っている。屈託のないその姿は、夜の蝶とはまるで違った。昼間見るMは色白の肌と長い黒髪が映え、とても美しかった。俗な言い方でいえばまさに天女のような美しさである。
この姿に、一瞬心が揺れた。見惚れてしまった。こんな風に日常の中で出会える彼女と、何気ないグラスを共にするのも悪くない、むしろ誘いたい、そんなよこしまな考えが頭をよぎった。
俺はMの存在に気付いていなかった、俺を見かけたからといってわざわざMが俺に声を掛ける理由がない。気付いても気付かなかったふりをしていればそれまでなのに自ら声を掛けてきた。もしやMに気があるのか、俺は少しばかり淡い期待を抱いたものの、自分に言い聞かせた、「これは、モテない男が自分を過大評価しているだけだ、世の中そんなに甘くない、声を掛けてきたのも単なる社交辞令さ」と。
Mを誘ってプライベートで遊ぶ、こんなことがあれば兄貴だって内心面白くもなかろう。金を介在した夜伽であるからこそ誰にも迷惑を掛けず「健全」な関係が成立する。世にいうワリキリだ。いっときの気の迷いで培ってきた兄貴との仲をこじらすほど俺も愚かではない。
数分の立ち話の後、じゃあまたなと別々の方向に歩き出す。当然ながら俺はMのメアドも電話番号も知らず、プライベートで連絡を取る手段はない。下手に知ってしまいあらぬ嫌疑をかけられるぐらいならMの体を欲したときだけ金を払ってMを抱けばいいと割り切った。不思議と虚しさややるせなさはなかった。なぜなら俺が生きているのはそういう世界だからだ。
つづく
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兄貴分のIさんが経営していた違法フーゾク店S。俺もよく兄貴の事務所に遊びに行き、通称デリ車と呼ばれる送迎車に乗せてもらったりしていた。そのせいで、S店のキャストたちとは顔見知りだった。
特にMという名前のキャストは俺の好みのイイオンナ。年齢は二十代半ば、柴咲コウに似た端正な顔立ちで、S店での人気も頷けるものがあった。Mの顔は先日のR子と違い、今でもハッキリと思い出せる。
ある日のこと、勇気を振り絞って兄貴に、正規の料金を支払うので今度Mと遊ばせてほしいと頼んでみた。もちろんM自身がNGを出すのなら決して無理強いはしない。あくまでも本人の承諾があっての話。ダメもとだが、驚くことに、M本人もその申し出を快く受け入れてくれた。
ホテルに入室をしてMを待つ。Mとの約束の時間がやってきた。顔見知りの間柄だからか、最初は互いに緊張して、照れや気恥ずかしさもあったが、次第にその気持ちは解けていった。流れに任せ、違法フーゾクならではのプレイを楽しんだ。日本の法律を逸脱した遊び方であるが、筋や道義の面からいえばなにも後ろめたいことはない。
Mには、「今日はすまなかったな、嫌なら遠慮なくいってほしい、俺に言いづらかったらIさんかドライバーさんにいってくれればいいから」と伝えると、また指名してとMは裸のまま俺の腕に自らの腕を絡めてしなだれた。もたれたその細くしなやかな腕を俺はやさしくなぞった。
一週間後、再度指名をした。俺は彼女の身に起こった変化に気づいた。
かすかながらもシンナーの匂いがするのだ。女性ならマニュキュアを落とすのに除光液も使う、恐らくそのためだろうと無理やり納得したものの、他方、交わした唇の吐息にまでシンナー臭がすることなどあるのだろうかと訝しく思った。
若き日の過ちとして、シンナーを試したことのある昔の仲間たちの話を思い出したが、大人になった今、まさかMが……とは思いたくなかった。だいたい二十代半ばにもなって大麻や覚醒剤ならともかくシンナーを吸うものだろうか。シンナーやトルエンなんて、ゲートウェイドラッグの最もたるものであり、普通はその後、本格的なドラッグに移行するか、それとも若気の至りときっぱりしなくなるかのどちらかだろう。俺の感覚ではシンナー遊びなど十代で卒業するものでしかない。
兄貴にその疑念を伝えると、兄貴もまた同じように一瞬驚きの表情を見せたものの、やはり二十代半ばにもなってさすがにシンナーはやらないだろうと一笑に付していた。それもそうかと俺も納得した。
その数日後、水戸駅の駅ビルに買い物に出掛けた。南口のロータリーをひとり歩いていると突然背中に軽い衝撃を受けた。
振り返ると、そこにはMの姿があった。「こんなとこで何してんのよ?」、彼女の瞳はキラキラと輝き、明るい笑顔を浮かべていた。不意打ちのタックルを勝ち誇ったかのようにケラケラと笑っている。屈託のないその姿は、夜の蝶とはまるで違った。昼間見るMは色白の肌と長い黒髪が映え、とても美しかった。俗な言い方でいえばまさに天女のような美しさである。
この姿に、一瞬心が揺れた。見惚れてしまった。こんな風に日常の中で出会える彼女と、何気ないグラスを共にするのも悪くない、むしろ誘いたい、そんなよこしまな考えが頭をよぎった。
俺はMの存在に気付いていなかった、俺を見かけたからといってわざわざMが俺に声を掛ける理由がない。気付いても気付かなかったふりをしていればそれまでなのに自ら声を掛けてきた。もしやMに気があるのか、俺は少しばかり淡い期待を抱いたものの、自分に言い聞かせた、「これは、モテない男が自分を過大評価しているだけだ、世の中そんなに甘くない、声を掛けてきたのも単なる社交辞令さ」と。
Mを誘ってプライベートで遊ぶ、こんなことがあれば兄貴だって内心面白くもなかろう。金を介在した夜伽であるからこそ誰にも迷惑を掛けず「健全」な関係が成立する。世にいうワリキリだ。いっときの気の迷いで培ってきた兄貴との仲をこじらすほど俺も愚かではない。
数分の立ち話の後、じゃあまたなと別々の方向に歩き出す。当然ながら俺はMのメアドも電話番号も知らず、プライベートで連絡を取る手段はない。下手に知ってしまいあらぬ嫌疑をかけられるぐらいならMの体を欲したときだけ金を払ってMを抱けばいいと割り切った。不思議と虚しさややるせなさはなかった。なぜなら俺が生きているのはそういう世界だからだ。
つづく