覆面の北枕

ビッグモーターの不祥事には驚いた。

これが近畿日本ツーリストのように支店単位で不正をしていたのであれば理解できる。上からの強い圧力に屈し、支店のなかで不正に手を染めるのであれば浅はかではあるがまだわかる。

しかし、組織ぐるみの不正、しかも末端の整備士にまで不正を行わせるのであれば当然バレるだろう。そもそもこの手の不正がまかり通るためには誰も謳わないのが大前提、しかし、組織が大きくなればなるほど不正を是としない人間も多い。

その人達に不正を密告されるとは思わなかったのか。会社に対して嫌なことがあって退職する、自分ひとりだけつまらない思いをする必要はない、せめて一矢報いてやろうと思うのが人情だろう。少なくとも俺がその立場なら証拠をスマホに溜め込んだうえで会社を退職し、関係省庁にすべてぶちまける。

もしかすると握りつぶされる可能性もあるから文春や新潮など週刊誌を巻き込んで大々的にネガティブキャンペーンを行う。テレビ局や新聞社であると広告を出稿してもらっている手前、どうしても及び腰だ。しかしながら、この手の週刊誌であると広告料よりも本誌の発行部数を気にするため仮に広告料を貰っていたとしても記事にしてくれる可能性は高い。

さらにツイッターやYouTubeで悪事を公開して追撃の手を緩めない。警察や国交省、消費者庁が黙っていられないぐらいのレベルにまで話を大きくする。人権派の弁護士や共産党を巻き込むのも一法だ。

事実、今回の騒動の端緒は元従業員の密告からだ。

今から二十年ぐらい前、裏モノ全盛期のパチンコ店では風営法上の名義人がチェーン店であってもそれぞれ別であった。これなら万が一、摘発されても営業停止はその店舗だけで済む。いわゆるトカゲの尻尾切りを出来るようにしていた。自由恋愛という名の売春を生業にしているソープランドも同様。つまり、悪事を働く以上、捕まるのは元より覚悟の上。

それから比べるとビッグモーターの場合、犯行態様は大胆不敵以外の何物でもないが、手口は素人の浅知恵としか思えないほど稚拙でお粗末。

社員全員が一蓮托生、絶対に犯行を謳わないのであればもしかするとこの手の犯罪も成り立つかもしれないが、弘道会や工藤会の武闘派集団であっても謳う奴はいとも簡単に謳う。かつて、山健組健竜会のスローガンは「団結、報復、沈黙」であった。それだって今の山健組の体たらくを見ればこのスローガンを末端までが体現出来ていたとは思えない。

どんなに犯罪に特化した集団であっても謳う奴は謳う。また、所帯が大きくなればなるほど組織内での足の引っ張り合いが起こる。昔から男の嫉妬ほど見苦しいものはないといわれるがピラミッド型の組織で上に行くには誰かを蹴落とす必要がある。自分のやっていることを棚に上げてアイツを蹴落とそうと謳ってしまうものもいる。組員が捕まるのも実は同輩からのサツタレが少なくない。

だからこそ、上に立つものは飴と鞭とを使い分け、報酬と恐怖とで組織に忠誠を誓わせる必要があるが、それだって自ずと限界はある。人は裏切るもの、この価値観を上のものは常に持ち続けなくてならない。

残念ながら、どんなに誠意を尽くしても一定数の裏切る人間はいる。ましてや、犯罪だ、裏切る人間がいないわけがない。