文化は文化として尊重するが
- 2023/03/10
- 10:50
ひたちなか市内の住民の家に集まってカラスの肉を生で食べ、その体験を地域の食文化だとして紹介した東京新聞のコラムが物議を醸している。ひたちなか市に住んでかれこれ14年、カラスの肉を生で食べる文化があるとは始めて聞いた。酒飲みの与太話としても聞いた記憶がない。
狩猟免許があればカラスの捕獲はまったく問題ないが、害獣駆除以外の目的でカラスを狙って捕獲する人を知らない。茨城県の場合、猟師が狙う獲物は殆どの人がキジかイノシシ、カモ、あとは野ウサギやヤマドリ、キジバト。野生動物が豊富な茨城県でわざわざカラスに絞って捕獲する意味がよくわからない。否定ではなく純粋な興味として。畑を荒らす害鳥だから獲って食ってしまえってことだろうか。
ただ、10年以上住んでいる人間が知らないものを地域の文化といって紹介するのはいかがなものか。俺の知り得る限り、カラスを食べさせる店もない。「ひたちなかってカラスを食べる文化があるんでしょう」、そう言われたら返答に困る。今後はあるらしいと答えればいいのか。
カラスを捕獲して食べる、狩猟期間と狩猟方法、区域を守ればそれ自体、違法性はない。食べるのも結構。生食も牛レバーと違って違法ではない。ただ取り締まる法律がないから生で食べていいのと、安全性が担保されているから生で食べていいのとでは意味が天と地ほども違う。前者は単なる脱法。違法性がないゆえ、茨城県の生活衛生課も厚労省の食品監視安全課も、「できれば食べない方がいいですよ」と注意喚起するに留まる。行政の限界、むしろそこまでしか言えない。
カラスは腐った肉や果物、野菜を食べても平気だ。カラスには特殊な分解酵素や抗体があるため、人間なら死んでしまうような腐敗した物でも食べられる。生食する場合、大腸菌をはじめとした雑菌は付着していないのか、それが心配だ。
一部のネット民と違って一方的に糾弾するつもりはない。もしかするとごくごく小さなエリアであってもひたちなか市では本当にカラスを生で食べる風習があるのかもしれないからだ。堅気の人間が入れ墨を入れるのは反対を通り越して大反対、でもアイヌ民族や琉球民族が文化として入れ墨を入れるのは文化として尊重する、同様にカラスを食べる文化もあっていい。
だが、安全性は絶対条件。鶏肉は刺身でも食べられるが、つきまとうのはカンピロバクターによる食中毒被害。必ず年に何回かはニュースになる。カラスにもカンピロバクターは存在する。論文が発表されている。繰り返しになるが、取り締まるべき法律がないから食べても問題はなく、取り締まるべき法律がないから行政に強制力はない、これはさすがに違うだろう。健康被害が出てからでは遅すぎる。
狩猟免許があればカラスの捕獲はまったく問題ないが、害獣駆除以外の目的でカラスを狙って捕獲する人を知らない。茨城県の場合、猟師が狙う獲物は殆どの人がキジかイノシシ、カモ、あとは野ウサギやヤマドリ、キジバト。野生動物が豊富な茨城県でわざわざカラスに絞って捕獲する意味がよくわからない。否定ではなく純粋な興味として。畑を荒らす害鳥だから獲って食ってしまえってことだろうか。
ただ、10年以上住んでいる人間が知らないものを地域の文化といって紹介するのはいかがなものか。俺の知り得る限り、カラスを食べさせる店もない。「ひたちなかってカラスを食べる文化があるんでしょう」、そう言われたら返答に困る。今後はあるらしいと答えればいいのか。
カラスを捕獲して食べる、狩猟期間と狩猟方法、区域を守ればそれ自体、違法性はない。食べるのも結構。生食も牛レバーと違って違法ではない。ただ取り締まる法律がないから生で食べていいのと、安全性が担保されているから生で食べていいのとでは意味が天と地ほども違う。前者は単なる脱法。違法性がないゆえ、茨城県の生活衛生課も厚労省の食品監視安全課も、「できれば食べない方がいいですよ」と注意喚起するに留まる。行政の限界、むしろそこまでしか言えない。
カラスは腐った肉や果物、野菜を食べても平気だ。カラスには特殊な分解酵素や抗体があるため、人間なら死んでしまうような腐敗した物でも食べられる。生食する場合、大腸菌をはじめとした雑菌は付着していないのか、それが心配だ。
一部のネット民と違って一方的に糾弾するつもりはない。もしかするとごくごく小さなエリアであってもひたちなか市では本当にカラスを生で食べる風習があるのかもしれないからだ。堅気の人間が入れ墨を入れるのは反対を通り越して大反対、でもアイヌ民族や琉球民族が文化として入れ墨を入れるのは文化として尊重する、同様にカラスを食べる文化もあっていい。
だが、安全性は絶対条件。鶏肉は刺身でも食べられるが、つきまとうのはカンピロバクターによる食中毒被害。必ず年に何回かはニュースになる。カラスにもカンピロバクターは存在する。論文が発表されている。繰り返しになるが、取り締まるべき法律がないから食べても問題はなく、取り締まるべき法律がないから行政に強制力はない、これはさすがに違うだろう。健康被害が出てからでは遅すぎる。