使用上の注意
- 2022/07/18
- 22:13
最近の情報発信のトレンドはなんといってもツイッターであろう、ツイッターの功罪は別にしてもまあ頷いてもらえることと思う。
しかし、それをわかったうえで俺はツイッターをやらない。
一応、予め申しておくと人のツイートを閲覧するのに不便であるからアカウントは取得しているが未だに自分自身でなにかツイートをしたことがない。
どうしても思想や考え方を分断させがちなあの仕組みが好きになれず、ややもすると時代遅れがちなブログにこだわっている。
俺みたいな無名人のブログは読者とインタラクティブな関係にはならず、基本は一方的に思いの丈を好き勝手に垂れ流す極めて不健全なメディアである、だが、これが不健全でありながらもクソリプに辟易することもなく、すこぶる気分がいい。
前にも書いたがこのブログに書いてあるのはあくまでも俺が「そう思っている」だけであり、別に同意を求めていない。
先日書いた山上容疑者に対して一部同情的だとの記事や安倍さんの国葬反対も俺が「そう思っている」だけで、決して正しいことを述べたとは思っていない。現実は無期懲役か懲役20年だと思うが世の中には熱烈な安倍元総理の信者もおり、そういう人が山上を死刑にしろと騒ぐのも自由だと思っているし、反対に人権派の人たちが山上容疑者の減刑を求めるのも自由であると思っている。ただ、俺はどちらにも与しない。
これがツイッターであると些細なしょーもないことでさえも意見が衝突しがちである。政治家や政治評論家ならまだしも市井の人が意見を言い合ったところで、それがなにか社会に影響を与えるかといえばまったく影響などない。
そんな不毛なクソリプの応酬をし続けるぐらいなら好き勝手なことを一方通行で垂れ流して、おやすみなさいと寝てしまう方がよっぽど寝覚めはよい。
だからといってネットメディアの保守本流であるツイッターを否定しているのではない、やりたい人は好きにやればいい、ただ、俺は参加するでなく、無責任なイチ傍観者としてぼーっと眺めているだけ。
ちなみに、ブログにこだわるのはもうひとつ理由がある。文才など微塵もないことぐらい分かりすぎるほど、分かりすぎているが、俺の本業はWEB制作者としてライターでもあり、ライティングをする機会がままあるのだけれども、普段から駄文でも書いていないといざパソコンの前に座ってもキーボードを打てないのである。
これはスポーツ選手の練習に近いと思う。練習もせず、勝ち続けているスポーツ選手など古今東西どこを見ても一人もいないはずだ。天才大谷翔平選手だって人の何倍も練習をしている。
もちろん、文才とスポーツとは根本的に違う点もあり、文章はまったく練習をせずとも、すらすらと書けてしまう人が確かに存在する。ただ、良くも悪くも俺は書けてしまう側の人間ではなく、練習をしないと筆ならぬ、キーボードのタッチが止まる人間である。
それゆえ、これからも駄文を垂れ流し続ける。不快に思う人もおられるでしょう、そういう人は遠慮なくブックマーク登録から外してください、もっともブックマーク登録をしている人って果たして俺以外にいるのかって話でもありますが。
しかし、それをわかったうえで俺はツイッターをやらない。
一応、予め申しておくと人のツイートを閲覧するのに不便であるからアカウントは取得しているが未だに自分自身でなにかツイートをしたことがない。
どうしても思想や考え方を分断させがちなあの仕組みが好きになれず、ややもすると時代遅れがちなブログにこだわっている。
俺みたいな無名人のブログは読者とインタラクティブな関係にはならず、基本は一方的に思いの丈を好き勝手に垂れ流す極めて不健全なメディアである、だが、これが不健全でありながらもクソリプに辟易することもなく、すこぶる気分がいい。
前にも書いたがこのブログに書いてあるのはあくまでも俺が「そう思っている」だけであり、別に同意を求めていない。
先日書いた山上容疑者に対して一部同情的だとの記事や安倍さんの国葬反対も俺が「そう思っている」だけで、決して正しいことを述べたとは思っていない。現実は無期懲役か懲役20年だと思うが世の中には熱烈な安倍元総理の信者もおり、そういう人が山上を死刑にしろと騒ぐのも自由だと思っているし、反対に人権派の人たちが山上容疑者の減刑を求めるのも自由であると思っている。ただ、俺はどちらにも与しない。
これがツイッターであると些細なしょーもないことでさえも意見が衝突しがちである。政治家や政治評論家ならまだしも市井の人が意見を言い合ったところで、それがなにか社会に影響を与えるかといえばまったく影響などない。
そんな不毛なクソリプの応酬をし続けるぐらいなら好き勝手なことを一方通行で垂れ流して、おやすみなさいと寝てしまう方がよっぽど寝覚めはよい。
だからといってネットメディアの保守本流であるツイッターを否定しているのではない、やりたい人は好きにやればいい、ただ、俺は参加するでなく、無責任なイチ傍観者としてぼーっと眺めているだけ。
ちなみに、ブログにこだわるのはもうひとつ理由がある。文才など微塵もないことぐらい分かりすぎるほど、分かりすぎているが、俺の本業はWEB制作者としてライターでもあり、ライティングをする機会がままあるのだけれども、普段から駄文でも書いていないといざパソコンの前に座ってもキーボードを打てないのである。
これはスポーツ選手の練習に近いと思う。練習もせず、勝ち続けているスポーツ選手など古今東西どこを見ても一人もいないはずだ。天才大谷翔平選手だって人の何倍も練習をしている。
もちろん、文才とスポーツとは根本的に違う点もあり、文章はまったく練習をせずとも、すらすらと書けてしまう人が確かに存在する。ただ、良くも悪くも俺は書けてしまう側の人間ではなく、練習をしないと筆ならぬ、キーボードのタッチが止まる人間である。
それゆえ、これからも駄文を垂れ流し続ける。不快に思う人もおられるでしょう、そういう人は遠慮なくブックマーク登録から外してください、もっともブックマーク登録をしている人って果たして俺以外にいるのかって話でもありますが。