家族も叩かれて当然
- 2020/10/14
- 13:55
悪名高き上級国民飯塚幸三被告の裁判がやっと始まったが、飯塚の家族がネットでのバッシングに憔悴しきっているという。
おいおい、ちょっと待てではないか。憔悴しているのは被害者遺族だ、バカ野郎。
たとえ過失とはいえ、なんの罪もない人の命が己の不注意から奪われているのである、ネットでのバッシングも当然だろう。
こんなことを書くと、当事者ではなく家族を責めるのは如何なものかという意見があるが、飯塚幸三に関していうと家族にも責任がある。事故以前にはFacebookを利用していた飯塚幸三であるが、事故が起きると、疾風迅雷の早さでFacebookを削除し、家への嫌がらせの電話を危惧してかすぐに家の固定電話を解約した(若しくは番号を変えた)。飯塚幸三自身も怪我を負い、入院していたから、このFacebook削除並び固定電話解約は飯塚幸三以外の第三者が行ったものと思索できる。その第三者であるが、一般的には家族が行ったと考えるのが自然だ。
断定は出来ないが、かなりの高確率で家族が先手を打ったのだろう、ほぼ100%と言って間違いはないだろう。週刊誌、ネットの情報では長男が行ったと言われているが、それは定かではない。
いずれにせよ、家族がこうして関わっている以上、まったく無関係とは言い難い。
しかもだ、国民感情を逆なでしたのは被告の無罪を主張。被告人が無罪を主張するのは被告人の権利であるが、各々の状況証拠からクルマに異常はなく、単なる操作ミスが明らかであるのにこの期に及んで被告は無罪を主張した。老いからくる操作ミスが明らかであるにも関わらずだ。
実際、飯塚幸三は過去にも不幸中の幸いで大事故にはならなったが似たような事故を2001年に起こしている。これは裁判でも明らかになっている。
百万歩譲ってあり得ないが運転していたプリウスの故障だとする。しかし、数年前にも同様の事故を起こしているのだ、2001年に起こしたクルマと今回の事故を起こしたプリウスが同じであるかまでは分からぬが、仮に同じクルマであるなら20年近くも故障したクルマに乗り続けていたことになるし、今のプリウスは新たに買い直した別のクルマであるなら立て続けて2回も故障車にあたるとはもはや天文学的な確率、これも凡そ考えにくい。
私事だが、貧乏人の俺が買うクルマは中古車だ。しかし、ブレーキが利かず、クルマが異常行動を起こしたということは何台も乗り継いでいるがたったの一度としてない。ましてや、上級国民様だ、事故を起こしたプリウスは恐らく新車購入であると思う。新しいトヨタ車が制御不能になるとは常識的に考えにくい。事実リコールも出ていない。
つまり、有り体に言うのであれば飯塚がウソをついているか、ボケてしまって記憶が定かではないんだって。
飯塚を擁護するつもりはさらさらないが、事故それ自体はハンドルを握る人であれば誰にでも起こりえる。お亡くなりなられたお二人は本当に気の毒であり、残れた遺族の心中を察すると胸が痛むばかりであるが交通事故そのものは自動車が存在し続ける限りなくならない。事故を起こすも、事故で命を奪われるも明日は我が身である。
ただ、酷な言い方であり、ドライな割り切り方かもしれないが、起きてしまったものは仕方ないのだ。そこは受け止めるしかない。その上で真摯に事故と向き合い、丁寧に謝罪をするべきだったのだ。
飯塚は事故後の現場検証時、現場に花をたむけるでもなければこうべを垂れ手を合わせるでもなかった。このへんも十分国民感情を逆なでしてくれる。
どんなに優秀な人間だったかは知らんが事故後の行為はあまりにもお粗末で浅はか、それを咎める家族もいなかったわけであるから家族まで俎上の鯉にされるのは当然のこと、叩かれて当然、一生苦しんでください。
おいおい、ちょっと待てではないか。憔悴しているのは被害者遺族だ、バカ野郎。
たとえ過失とはいえ、なんの罪もない人の命が己の不注意から奪われているのである、ネットでのバッシングも当然だろう。
こんなことを書くと、当事者ではなく家族を責めるのは如何なものかという意見があるが、飯塚幸三に関していうと家族にも責任がある。事故以前にはFacebookを利用していた飯塚幸三であるが、事故が起きると、疾風迅雷の早さでFacebookを削除し、家への嫌がらせの電話を危惧してかすぐに家の固定電話を解約した(若しくは番号を変えた)。飯塚幸三自身も怪我を負い、入院していたから、このFacebook削除並び固定電話解約は飯塚幸三以外の第三者が行ったものと思索できる。その第三者であるが、一般的には家族が行ったと考えるのが自然だ。
断定は出来ないが、かなりの高確率で家族が先手を打ったのだろう、ほぼ100%と言って間違いはないだろう。週刊誌、ネットの情報では長男が行ったと言われているが、それは定かではない。
いずれにせよ、家族がこうして関わっている以上、まったく無関係とは言い難い。
しかもだ、国民感情を逆なでしたのは被告の無罪を主張。被告人が無罪を主張するのは被告人の権利であるが、各々の状況証拠からクルマに異常はなく、単なる操作ミスが明らかであるのにこの期に及んで被告は無罪を主張した。老いからくる操作ミスが明らかであるにも関わらずだ。
実際、飯塚幸三は過去にも不幸中の幸いで大事故にはならなったが似たような事故を2001年に起こしている。これは裁判でも明らかになっている。
百万歩譲ってあり得ないが運転していたプリウスの故障だとする。しかし、数年前にも同様の事故を起こしているのだ、2001年に起こしたクルマと今回の事故を起こしたプリウスが同じであるかまでは分からぬが、仮に同じクルマであるなら20年近くも故障したクルマに乗り続けていたことになるし、今のプリウスは新たに買い直した別のクルマであるなら立て続けて2回も故障車にあたるとはもはや天文学的な確率、これも凡そ考えにくい。
私事だが、貧乏人の俺が買うクルマは中古車だ。しかし、ブレーキが利かず、クルマが異常行動を起こしたということは何台も乗り継いでいるがたったの一度としてない。ましてや、上級国民様だ、事故を起こしたプリウスは恐らく新車購入であると思う。新しいトヨタ車が制御不能になるとは常識的に考えにくい。事実リコールも出ていない。
つまり、有り体に言うのであれば飯塚がウソをついているか、ボケてしまって記憶が定かではないんだって。
飯塚を擁護するつもりはさらさらないが、事故それ自体はハンドルを握る人であれば誰にでも起こりえる。お亡くなりなられたお二人は本当に気の毒であり、残れた遺族の心中を察すると胸が痛むばかりであるが交通事故そのものは自動車が存在し続ける限りなくならない。事故を起こすも、事故で命を奪われるも明日は我が身である。
ただ、酷な言い方であり、ドライな割り切り方かもしれないが、起きてしまったものは仕方ないのだ。そこは受け止めるしかない。その上で真摯に事故と向き合い、丁寧に謝罪をするべきだったのだ。
飯塚は事故後の現場検証時、現場に花をたむけるでもなければこうべを垂れ手を合わせるでもなかった。このへんも十分国民感情を逆なでしてくれる。
どんなに優秀な人間だったかは知らんが事故後の行為はあまりにもお粗末で浅はか、それを咎める家族もいなかったわけであるから家族まで俎上の鯉にされるのは当然のこと、叩かれて当然、一生苦しんでください。