トロッコ問題についての私見
- 2019/10/02
- 10:25
山口県岩国市の小中学校で行われた「心理教育プログラム」の授業が物議を醸している。
小・中学生にこの手の問題を問うのはいくらなんでも酷だろうと思うが、あくまでも俺個人のトロッコ問題の答えである。
それはズバリ生産性を最優先すべき。トロッコ問題とは、ブレーキがないトロッコの線路の先に縛られて横たわる5人と1人がいる状況で、分岐点にいる自分が「A.何もせずに5人が死ぬ運命」「B.レバーを引いて1人が死ぬ運命」のどちらかを選ぶものだ。
都合6人のうち、いったい誰がもっとも生産性が高いかを問う問題であり、生き死にはその生産性を最優先すべきというのが俺の答え。5人のグループでもいいし、1人でもいいのだが、ソフトバンクの孫社長やユニクロの柳井社長がいれば、その人を助ける。
すると、金の有り無しで人命を決めるのかと言われるでしょうが、例えば俺のようなボンクラが死んだところで虫けらが一匹死ぬようなもので世間的にはなんの影響もない。しかし、大企業を引っ張るカリスマ社長が死んだ場合、社員とその家族が路頭に迷うことにもなりかねない。1人の命が数万人の命とイコールなのである。だから金持ちじゃなくてもお医者さんが紛れ込んでいる場合なんかもそう、医者が1人いれば大勢の人が助かる。俺の言う生産性とはそういうことだ、決して個人資産だけの話ではない。
こういったケースとは別に、素性が分からない場合は単純に人数の多寡で決めるしかない。
小学生には酷であるが、日本は災害列島、こういうケースは現実として起こりえる。
あまりこういうことを言うべきでないが、東日本大震災の時、身動きの出来ない老人ホームに住むお年寄りを助けに行って、津波に飲まれて亡くなった人がいる、その勇気には敬意を表するが決して助けに行ってはならないのである。
二十代、三十代の若者と老い先短い年寄り、どちらかの命を優先すべきかといえば客観論として若者の命。残酷ではあるが見捨てなくてはならないのだ。
事実、東日本大震災以後、警察、消防、自衛隊、地域の消防団、出された指針は我が身を賭してまで助けに行ってはならないということである。
この手の話は映画の中の美談としてなら華がある。だが、現実はそんな甘いものではない。
非難を受けようとも俺はそういう考えをしている。
もちろん、これが肉親や愛する人であれば別。現実論としていくら老い先短いといっても両親を見殺しにすることなど無理だ。矛盾した話ですけどね。
小・中学生にこの手の問題を問うのはいくらなんでも酷だろうと思うが、あくまでも俺個人のトロッコ問題の答えである。
それはズバリ生産性を最優先すべき。トロッコ問題とは、ブレーキがないトロッコの線路の先に縛られて横たわる5人と1人がいる状況で、分岐点にいる自分が「A.何もせずに5人が死ぬ運命」「B.レバーを引いて1人が死ぬ運命」のどちらかを選ぶものだ。
都合6人のうち、いったい誰がもっとも生産性が高いかを問う問題であり、生き死にはその生産性を最優先すべきというのが俺の答え。5人のグループでもいいし、1人でもいいのだが、ソフトバンクの孫社長やユニクロの柳井社長がいれば、その人を助ける。
すると、金の有り無しで人命を決めるのかと言われるでしょうが、例えば俺のようなボンクラが死んだところで虫けらが一匹死ぬようなもので世間的にはなんの影響もない。しかし、大企業を引っ張るカリスマ社長が死んだ場合、社員とその家族が路頭に迷うことにもなりかねない。1人の命が数万人の命とイコールなのである。だから金持ちじゃなくてもお医者さんが紛れ込んでいる場合なんかもそう、医者が1人いれば大勢の人が助かる。俺の言う生産性とはそういうことだ、決して個人資産だけの話ではない。
こういったケースとは別に、素性が分からない場合は単純に人数の多寡で決めるしかない。
小学生には酷であるが、日本は災害列島、こういうケースは現実として起こりえる。
あまりこういうことを言うべきでないが、東日本大震災の時、身動きの出来ない老人ホームに住むお年寄りを助けに行って、津波に飲まれて亡くなった人がいる、その勇気には敬意を表するが決して助けに行ってはならないのである。
二十代、三十代の若者と老い先短い年寄り、どちらかの命を優先すべきかといえば客観論として若者の命。残酷ではあるが見捨てなくてはならないのだ。
事実、東日本大震災以後、警察、消防、自衛隊、地域の消防団、出された指針は我が身を賭してまで助けに行ってはならないということである。
この手の話は映画の中の美談としてなら華がある。だが、現実はそんな甘いものではない。
非難を受けようとも俺はそういう考えをしている。
もちろん、これが肉親や愛する人であれば別。現実論としていくら老い先短いといっても両親を見殺しにすることなど無理だ。矛盾した話ですけどね。