論語と算盤
- 2019/04/10
- 13:46
関東は平成最後の雪予報でしたが(後20日間残っていますが)、なんとか水戸市界隈は雨でセーフ(セーフ?)。
問題は自宅の灯油が残り少ないということだが、切れてしまったら暖房を使う。ウチに元々備わっているエアコン、冷房はよく効きなんの問題もないのだが、暖房だと効き過ぎるのか、或いは向きの関係なのか、乾燥し過ぎてしまい、鼻が詰まり、喉を傷めやすい。だから基本的に暖房は使っていない。この冬、4、5回も使っていないと思うな~
そんな暖房の話はさておき、お札も刷新されるとか、一万円札は渋沢栄一に決定。
渋沢栄一は元々徳川慶喜公に仕えていたということもあり、無理やり関連付けるのであれば水戸とまったく無縁ではない。水戸徳川家11代当主徳川昭武公の随員としてフランスに渡航もしている。
その渋沢栄一、日本資本主義の父と呼ばれるが若い頃は破天荒だった。
尊皇攘夷の思想に目覚め、高崎城を乗っ取って武器を奪い、横浜を焼き討ちにしたのち長州と連携して幕府を倒すという計画をたてている。なのに、いつの間にか、一橋家の御家人となり、沈みゆく徳川家とともに命運を共にする。
明治維新後は出仕して、第一国立銀行ほか、東京瓦斯、東京海上火災保険(現:東京海上日動火災保険)、王子製紙(現王子製紙・日本製紙)、田園都市(現:東京急行電鉄)、秩父セメント(現太平洋セメント)、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、麒麟麦酒(現:キリンホールディングス)、サッポロビール(現:サッポロホールディングス)、東洋紡績(現:東洋紡)、大日本製糖、明治製糖、澁澤倉庫など、多種多様の企業の設立に関わり、その数は500以上といわれている。
ただ、渋沢栄一の面白いのは多くの企業創設に関わったものの、「私利を追わず公益を図る」との考えを、生涯に亘って貫き通し、私腹を肥やさなかった。渋沢の心に常にあったのはかの有名な「論語と算盤」。
渋沢はいくら金を儲けも、そこに儒教の心構えがないと駄目だと説いている。正しく働いて金を儲けるのであればいくら儲けても構わないが、そこに人を幸せにするという正義がないのであればそんなものは意味がないと断じている。
自分も商人として渋沢栄一の本を読んで勉強したのだが、正直、金儲けと道徳ってなかなか一致せず、悪徳商法は論外として、一見するまともな商売人であってもどこか後ろめたいものがあるものである。綺麗ごとだけじゃ商人ととして生きていくのはすこぶる難しい。
恐らく渋沢も内心は分かっていたと思う。当時は殖産興業全盛期、公害問題やああ野麦峠じゃないが労働問題も多分に存在していたと思う。だからこそ彼は厳に戒めたのではないかと思う。
真相は分かりませんが、これを機に渋沢栄一の論語と算盤を読んでみるのも面白いと思います。
問題は自宅の灯油が残り少ないということだが、切れてしまったら暖房を使う。ウチに元々備わっているエアコン、冷房はよく効きなんの問題もないのだが、暖房だと効き過ぎるのか、或いは向きの関係なのか、乾燥し過ぎてしまい、鼻が詰まり、喉を傷めやすい。だから基本的に暖房は使っていない。この冬、4、5回も使っていないと思うな~
そんな暖房の話はさておき、お札も刷新されるとか、一万円札は渋沢栄一に決定。
渋沢栄一は元々徳川慶喜公に仕えていたということもあり、無理やり関連付けるのであれば水戸とまったく無縁ではない。水戸徳川家11代当主徳川昭武公の随員としてフランスに渡航もしている。
その渋沢栄一、日本資本主義の父と呼ばれるが若い頃は破天荒だった。
尊皇攘夷の思想に目覚め、高崎城を乗っ取って武器を奪い、横浜を焼き討ちにしたのち長州と連携して幕府を倒すという計画をたてている。なのに、いつの間にか、一橋家の御家人となり、沈みゆく徳川家とともに命運を共にする。
明治維新後は出仕して、第一国立銀行ほか、東京瓦斯、東京海上火災保険(現:東京海上日動火災保険)、王子製紙(現王子製紙・日本製紙)、田園都市(現:東京急行電鉄)、秩父セメント(現太平洋セメント)、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、麒麟麦酒(現:キリンホールディングス)、サッポロビール(現:サッポロホールディングス)、東洋紡績(現:東洋紡)、大日本製糖、明治製糖、澁澤倉庫など、多種多様の企業の設立に関わり、その数は500以上といわれている。
ただ、渋沢栄一の面白いのは多くの企業創設に関わったものの、「私利を追わず公益を図る」との考えを、生涯に亘って貫き通し、私腹を肥やさなかった。渋沢の心に常にあったのはかの有名な「論語と算盤」。
渋沢はいくら金を儲けも、そこに儒教の心構えがないと駄目だと説いている。正しく働いて金を儲けるのであればいくら儲けても構わないが、そこに人を幸せにするという正義がないのであればそんなものは意味がないと断じている。
自分も商人として渋沢栄一の本を読んで勉強したのだが、正直、金儲けと道徳ってなかなか一致せず、悪徳商法は論外として、一見するまともな商売人であってもどこか後ろめたいものがあるものである。綺麗ごとだけじゃ商人ととして生きていくのはすこぶる難しい。
恐らく渋沢も内心は分かっていたと思う。当時は殖産興業全盛期、公害問題やああ野麦峠じゃないが労働問題も多分に存在していたと思う。だからこそ彼は厳に戒めたのではないかと思う。
真相は分かりませんが、これを機に渋沢栄一の論語と算盤を読んでみるのも面白いと思います。