トランプ大富豪
- 2018/10/03
- 14:45
誰しもが恐らく一度はプレイしたことがあるであろうトランプ大富豪、あのゲーム性は現代の社会を如実に捉えているなといつも感心する。別に面白いゲームではないが。
一応、遊んだことのない人のために説明すると、大富豪とはプレイヤー全員が平等ではなく(ゲーム開始時のみ平等)、大富豪に選ばれたものは革命を起こされない限り、大富豪であり続け、大貧民はいつまでも貧しいままプレイが進行する、まさに現代社会の縮図のようなゲームである。
通常、麻雀にせよ、将棋にせよ、囲碁にせよ、或いは他のトランプゲームにせよ、この手のゲームは記憶力や計算力を試されることがあっても基本的にゲームの進行は平等だ。俺が将棋の有段者と対局をすれば確実に負けるがあくまでもルールは平等、単純に思考力の差で負けるに過ぎない、なにもプロ棋士は不正をしているわけではない。
だが、殊、大富豪に関していえば貧乏人はいつまで経っても貧乏なままから抜け出せず、金持ちはひたすら金持ちであり続ける(ことが多い)。
最近の言葉でいうと格差社会ということになるのであろうが、俺は決して格差社会が悪いと思っていない。能力のある人間が勝ち続け、無能な人間はもがき続ける、これは一見すると不平等に思いがちだが著しく平等な話なのだ。良くも悪くも金持ちは金持ちのまま、貧乏人は貧乏人のまま、基本的には現在の地位がこの先も続くのであるが絶対ではない。絶対ではないとは大富豪の醍醐味である『革命』を起こすことが決して不可能ではない。革命とは何も武装蜂起することではない、当たり前だ。そうではなく、勉強してなにか資格を身に着けるとか、或いは整形して玉の輿を狙うなんてことが今の世の中の革命だ。ドキュメント番組を見ているとよく満喫暮らしの派遣工が抜け出せないとこぼしているが、あれだって結局は甘いの。現状を打破したいのであればダブルワークとしてデリの送迎のバイトをしたり、死体やごみ屋敷の清掃を行う特殊清掃員をするとかするもん、もっとも俺ならもっとえげつないことをするがここでは書かない。書かないがこれがブラフでないことは少なくとも昔からの読者はよくご存知であろう。ぼろ雑巾になるぐらいなら荒事に手を染めることぐらいなんてことはない。
高卒普通自動車免許ありというもはや資格と言えない資格だけの奴がまともに稼ごうと思ったってそりゃ無理だ。
一応、遊んだことのない人のために説明すると、大富豪とはプレイヤー全員が平等ではなく(ゲーム開始時のみ平等)、大富豪に選ばれたものは革命を起こされない限り、大富豪であり続け、大貧民はいつまでも貧しいままプレイが進行する、まさに現代社会の縮図のようなゲームである。
通常、麻雀にせよ、将棋にせよ、囲碁にせよ、或いは他のトランプゲームにせよ、この手のゲームは記憶力や計算力を試されることがあっても基本的にゲームの進行は平等だ。俺が将棋の有段者と対局をすれば確実に負けるがあくまでもルールは平等、単純に思考力の差で負けるに過ぎない、なにもプロ棋士は不正をしているわけではない。
だが、殊、大富豪に関していえば貧乏人はいつまで経っても貧乏なままから抜け出せず、金持ちはひたすら金持ちであり続ける(ことが多い)。
最近の言葉でいうと格差社会ということになるのであろうが、俺は決して格差社会が悪いと思っていない。能力のある人間が勝ち続け、無能な人間はもがき続ける、これは一見すると不平等に思いがちだが著しく平等な話なのだ。良くも悪くも金持ちは金持ちのまま、貧乏人は貧乏人のまま、基本的には現在の地位がこの先も続くのであるが絶対ではない。絶対ではないとは大富豪の醍醐味である『革命』を起こすことが決して不可能ではない。革命とは何も武装蜂起することではない、当たり前だ。そうではなく、勉強してなにか資格を身に着けるとか、或いは整形して玉の輿を狙うなんてことが今の世の中の革命だ。ドキュメント番組を見ているとよく満喫暮らしの派遣工が抜け出せないとこぼしているが、あれだって結局は甘いの。現状を打破したいのであればダブルワークとしてデリの送迎のバイトをしたり、死体やごみ屋敷の清掃を行う特殊清掃員をするとかするもん、もっとも俺ならもっとえげつないことをするがここでは書かない。書かないがこれがブラフでないことは少なくとも昔からの読者はよくご存知であろう。ぼろ雑巾になるぐらいなら荒事に手を染めることぐらいなんてことはない。
高卒普通自動車免許ありというもはや資格と言えない資格だけの奴がまともに稼ごうと思ったってそりゃ無理だ。