そもそも、枝野さん
- 2018/05/08
- 18:12
『〈4人のスピーチが終わり、いよいよ野党の登場となった。トップは立憲民主党の枝野幸男代表。今まで以上に大きな拍手がわき起こった〉
「そもそも単純な多数決が民主主義なんでしょうか。単純な多数決が正義なんでしょうか。久しぶりに会った友人たちで飯を食いに行こう。ある人は焼き肉が食べたいといい、ある人はすき焼きが食べたいといい、ある人はすしが食べたいという。意見が分かれたら多数決で決めるのもいいでしょう。でも、その中に例えば、そばアレルギーでそば屋には行けないという人が1人でもいたら、それ以外のお店から選ぶ。これが本来の民主主義です。みんなでみんなのためにものを決める本当の民主主義というのはそうしたものです」
「数の力だけで押し切ってはいけないことを決めているのが憲法です。この憲法をないがしろにするゆがんだ権力を一日も早くまっとうなものに変えていくため、多くの市民の皆さんと、そして思いを同じくする他の政党の皆さんと立憲民主党は力を合わせてまっとうな政治を取り戻すため先頭に立って頑張っていくことをお約束します」 』
IZA ニュース
何言ってんだ、コイツ。
国家に於いて意見を集約する方法というのは独裁者の専制的な決定と議会制民主主義による多数決の二つしかない。
コイツがまるっきりトンチンカンなのはある人は寿司、ある人は焼肉、ある人は蕎麦、しかし、蕎麦アレルギーの人がいるから蕎麦はオミットするという話、これって単純に三分の一の議決権であるから比率で言えば33.3%。無視できない程度の大きな比率だから話を聞き入れる、分かります、その通りです。ただ、この話をよくよく聞いてみると、議論の俎上にすら上がっていない。蕎麦を主張した人も、「あ、そうだよな、お前は蕎麦アレルギーだった、よし、分かった、今日は寿司にしよう」と譲っているから決を採る以前の問題。
じゃあ、話を大きくしていく。
社員10人以下の零細企業の忘年会、蕎麦アレルギーが1人いるとき、まあ、この場合は1人に気を遣って恐らく蕎麦関連の宴会(あまり蕎麦懐石での宴会というのも聞かないが)は忌避するでしょう。
もう少し大きくなって中小企業の忘年会で出席者が30人を超える場合、一応は考慮されると思うがこの辺から雲行きが怪しくなる。気を遣われるかもしれないし、もしかして意見は聞いてもらえないかもしれない。
次に、大企業の百人を超えるような忘年会、こうなると、社長や専務、或いは招待した取引先のお偉いさんが蕎麦アレルギーでもない限り、意見は無視される。理由は言わずもがな、友人同士では33.3%の議決権であったのが、ここまでくるとわずか1%にまで比率が落ちてしまっているから。
これが多数決の論理です。
日本の人口は1億人。イエス・ノーの2の乗数で人口を計算したらいったいいくらになるというのだ。天文学的数値になる。試しにカシオの計算サイトしてみたらエラーになってしまった(笑)。
だからこそ、議員を選出して彼らに意見を託すのです。国民全員が納得することなんてありえないのだから、誰かに泣いてもらわなくてはならない、その代わり、泣く人を最小限度にするしかない、そのための議会制民主主義だ。
一見すると、枝野の言っていることは弱者に寄り添う、人権派的な話に思えるが、その実、議会制民主主義の否定である。数の論理を無視するのであればハナから議員なんか必要なく、役人が粛々と決めていけばいいだけだろ。枝野って、とんでもない奴だな。
そもそも論で言ってたらおかしな話は単純な多数決にならないように審議の時間というのが設けられているわけですよ。法案や予算案が与党から提出されました。精査してみるとおかしなところもある。与党議員も確かにそれは修正すべきだと思い直し、修正案が提示され、そのうえで採決する。法案は通過しました。これってまっとうな議会政治ですが、その審議拒否をしているのはどこのどなたさんですか。はじめっから議会制民主主義を否定しているのってお前らじゃん。ちゃんちゃらおかしな話だと、ぼくは思うのです、はい。
「そもそも単純な多数決が民主主義なんでしょうか。単純な多数決が正義なんでしょうか。久しぶりに会った友人たちで飯を食いに行こう。ある人は焼き肉が食べたいといい、ある人はすき焼きが食べたいといい、ある人はすしが食べたいという。意見が分かれたら多数決で決めるのもいいでしょう。でも、その中に例えば、そばアレルギーでそば屋には行けないという人が1人でもいたら、それ以外のお店から選ぶ。これが本来の民主主義です。みんなでみんなのためにものを決める本当の民主主義というのはそうしたものです」
「数の力だけで押し切ってはいけないことを決めているのが憲法です。この憲法をないがしろにするゆがんだ権力を一日も早くまっとうなものに変えていくため、多くの市民の皆さんと、そして思いを同じくする他の政党の皆さんと立憲民主党は力を合わせてまっとうな政治を取り戻すため先頭に立って頑張っていくことをお約束します」 』
IZA ニュース
何言ってんだ、コイツ。
国家に於いて意見を集約する方法というのは独裁者の専制的な決定と議会制民主主義による多数決の二つしかない。
コイツがまるっきりトンチンカンなのはある人は寿司、ある人は焼肉、ある人は蕎麦、しかし、蕎麦アレルギーの人がいるから蕎麦はオミットするという話、これって単純に三分の一の議決権であるから比率で言えば33.3%。無視できない程度の大きな比率だから話を聞き入れる、分かります、その通りです。ただ、この話をよくよく聞いてみると、議論の俎上にすら上がっていない。蕎麦を主張した人も、「あ、そうだよな、お前は蕎麦アレルギーだった、よし、分かった、今日は寿司にしよう」と譲っているから決を採る以前の問題。
じゃあ、話を大きくしていく。
社員10人以下の零細企業の忘年会、蕎麦アレルギーが1人いるとき、まあ、この場合は1人に気を遣って恐らく蕎麦関連の宴会(あまり蕎麦懐石での宴会というのも聞かないが)は忌避するでしょう。
もう少し大きくなって中小企業の忘年会で出席者が30人を超える場合、一応は考慮されると思うがこの辺から雲行きが怪しくなる。気を遣われるかもしれないし、もしかして意見は聞いてもらえないかもしれない。
次に、大企業の百人を超えるような忘年会、こうなると、社長や専務、或いは招待した取引先のお偉いさんが蕎麦アレルギーでもない限り、意見は無視される。理由は言わずもがな、友人同士では33.3%の議決権であったのが、ここまでくるとわずか1%にまで比率が落ちてしまっているから。
これが多数決の論理です。
日本の人口は1億人。イエス・ノーの2の乗数で人口を計算したらいったいいくらになるというのだ。天文学的数値になる。試しにカシオの計算サイトしてみたらエラーになってしまった(笑)。
だからこそ、議員を選出して彼らに意見を託すのです。国民全員が納得することなんてありえないのだから、誰かに泣いてもらわなくてはならない、その代わり、泣く人を最小限度にするしかない、そのための議会制民主主義だ。
一見すると、枝野の言っていることは弱者に寄り添う、人権派的な話に思えるが、その実、議会制民主主義の否定である。数の論理を無視するのであればハナから議員なんか必要なく、役人が粛々と決めていけばいいだけだろ。枝野って、とんでもない奴だな。
そもそも論で言ってたらおかしな話は単純な多数決にならないように審議の時間というのが設けられているわけですよ。法案や予算案が与党から提出されました。精査してみるとおかしなところもある。与党議員も確かにそれは修正すべきだと思い直し、修正案が提示され、そのうえで採決する。法案は通過しました。これってまっとうな議会政治ですが、その審議拒否をしているのはどこのどなたさんですか。はじめっから議会制民主主義を否定しているのってお前らじゃん。ちゃんちゃらおかしな話だと、ぼくは思うのです、はい。