衆知と衆愚のせめぎ合い
- 2018/04/06
- 10:52
『兵庫県宝塚市で6日に開かれる予定の大相撲の地方巡業「宝塚場所」で、同市の中川智子市長が、企業などでつくる巡業の実行委員会に「土俵上であいさつしたい」との意向を伝えたところ、断られていたことがわかった。
中川市長によると、5日朝、土俵上でのあいさつについて実行委に打診したが、日本相撲協会と相談した結果として「相撲の伝統に配慮し、土俵の下であいさつしてほしい」と断られたという。中川市長は昨年の「宝塚場所」でも土俵の下であいさつしており、実行委からは昨年同様の対応を求められたという。中川市長は取材に「平等の観点からおかしいのではないか」と話している。』
(ハフィントンポスト)
『4月4日、京都府舞鶴市で開かれた大相撲の春巡業「大相撲舞鶴場所」で、多々見良三市長が土俵上であいさつをしているときに突然、仰向けに倒れた。場内は騒然とし、関係者がうろたえるなか、観客のうちから数人の女性が応急処置に駆けつけた。その際に、「女性の方は土俵から下りてください」と数回、場内放送が流れたことに批判が集まっている。』
(ビジネスジャーナル)
これ、それぞれがまるっきりトンチンカンなことを言ってるよな。
まず、土俵の女人禁制について。葬式を例にして考えてみる。
バカ「なんで俺は葬儀会場に入れないんだよ!」
受付の人「白いネクタイでお葬式に来る人がどこにいますか?失礼でしょう!」
バカ「葬式に白いネクタイしちゃいけない法律でもあんのか!!」
受付の人「ねぇーけど、帰れ、バカっ!」
バカ「ぐぬぬ」
まさかそんなバカはいないと思いますがお葬式に白いネクタイをぶら下げていくバカはいない。確かに葬式に白いネクタイをしていったからと言って刑法に触れるという事はないが日本の慣例からすると怒られて当然。参列を断られても文句は言えまい。この土俵に上がらせろと騒いでいるフェミニストの宝塚市長は同じことを言っている。伝統ある文化とは例えそれがおかしな慣習であったとしても従うべきである。もしどうしてもそのおかしな慣習を受け入れられぬのであれば無理して触れなければよい。ただ、それだけの話。
次に、土俵上での不測の事態について。
場面を結婚式場に移す、今度は葬式とは打って変わっておめでたい席。式場内にあるチャペルの入り口から出てきた新郎新婦、ライスシャワーを浴び、皆に祝福されている。ところが花嫁、急に意識を失い倒れてしまいました。
「誰か―、お医者さんはいませんかー」
てんやわんやの大騒ぎ。
そこにたまたま通り掛かった葬式帰りのお医者さん。結婚式が行われている大安吉日に果たして葬式はするのかとか、金持ちの医者がわざわざ歩いて葬式から帰ってくるのかという、ツッコミは取り合えず置いていて、お医者さんが黒いネクタイをつけたまま、結婚式場に走ってきました。
ここで、お医者さんに向かって晴れのめでたい日であるからと、花嫁が泡吹いて倒れているのにシャットアウトするバカっていますか?晴れの日以前に人命救助が最優先じゃないでしょうか。
二つの話ってまるっきり別次元の話だよね。特に宝塚の市長はたまたまこういうことが起こったがためにどさくさに紛れ、過去の遺恨を持ち込んでいるような気がしてならない。もちろん、市長が倒れてるのにも関わらず資格を持った看護師が救命活動をしているのに土俵から降りろとアナウンスをした行司は言語道断。仮に自分の息子や父親が土俵で倒れ、女医さんでも、看護師さんでもいいが助けに来てくれた人に向かって、死んでしまってもいいからその場から離れろと騒ぐのでしょうか。であれば、ある意味それはそれで大したもんではありますが。
もしかすると、戒律の厳しいイスラム教やヒンドゥー教あたりであれば人命よりも戒律を優先するかもしれないが、殊、日本では人命最優先でしょう。倒れている人がいれば人種や宗教などを抜きにして救助するのが日本人としての美徳であると思うのです。
中川市長によると、5日朝、土俵上でのあいさつについて実行委に打診したが、日本相撲協会と相談した結果として「相撲の伝統に配慮し、土俵の下であいさつしてほしい」と断られたという。中川市長は昨年の「宝塚場所」でも土俵の下であいさつしており、実行委からは昨年同様の対応を求められたという。中川市長は取材に「平等の観点からおかしいのではないか」と話している。』
(ハフィントンポスト)
『4月4日、京都府舞鶴市で開かれた大相撲の春巡業「大相撲舞鶴場所」で、多々見良三市長が土俵上であいさつをしているときに突然、仰向けに倒れた。場内は騒然とし、関係者がうろたえるなか、観客のうちから数人の女性が応急処置に駆けつけた。その際に、「女性の方は土俵から下りてください」と数回、場内放送が流れたことに批判が集まっている。』
(ビジネスジャーナル)
これ、それぞれがまるっきりトンチンカンなことを言ってるよな。
まず、土俵の女人禁制について。葬式を例にして考えてみる。
バカ「なんで俺は葬儀会場に入れないんだよ!」
受付の人「白いネクタイでお葬式に来る人がどこにいますか?失礼でしょう!」
バカ「葬式に白いネクタイしちゃいけない法律でもあんのか!!」
受付の人「ねぇーけど、帰れ、バカっ!」
バカ「ぐぬぬ」
まさかそんなバカはいないと思いますがお葬式に白いネクタイをぶら下げていくバカはいない。確かに葬式に白いネクタイをしていったからと言って刑法に触れるという事はないが日本の慣例からすると怒られて当然。参列を断られても文句は言えまい。この土俵に上がらせろと騒いでいるフェミニストの宝塚市長は同じことを言っている。伝統ある文化とは例えそれがおかしな慣習であったとしても従うべきである。もしどうしてもそのおかしな慣習を受け入れられぬのであれば無理して触れなければよい。ただ、それだけの話。
次に、土俵上での不測の事態について。
場面を結婚式場に移す、今度は葬式とは打って変わっておめでたい席。式場内にあるチャペルの入り口から出てきた新郎新婦、ライスシャワーを浴び、皆に祝福されている。ところが花嫁、急に意識を失い倒れてしまいました。
「誰か―、お医者さんはいませんかー」
てんやわんやの大騒ぎ。
そこにたまたま通り掛かった葬式帰りのお医者さん。結婚式が行われている大安吉日に果たして葬式はするのかとか、金持ちの医者がわざわざ歩いて葬式から帰ってくるのかという、ツッコミは取り合えず置いていて、お医者さんが黒いネクタイをつけたまま、結婚式場に走ってきました。
ここで、お医者さんに向かって晴れのめでたい日であるからと、花嫁が泡吹いて倒れているのにシャットアウトするバカっていますか?晴れの日以前に人命救助が最優先じゃないでしょうか。
二つの話ってまるっきり別次元の話だよね。特に宝塚の市長はたまたまこういうことが起こったがためにどさくさに紛れ、過去の遺恨を持ち込んでいるような気がしてならない。もちろん、市長が倒れてるのにも関わらず資格を持った看護師が救命活動をしているのに土俵から降りろとアナウンスをした行司は言語道断。仮に自分の息子や父親が土俵で倒れ、女医さんでも、看護師さんでもいいが助けに来てくれた人に向かって、死んでしまってもいいからその場から離れろと騒ぐのでしょうか。であれば、ある意味それはそれで大したもんではありますが。
もしかすると、戒律の厳しいイスラム教やヒンドゥー教あたりであれば人命よりも戒律を優先するかもしれないが、殊、日本では人命最優先でしょう。倒れている人がいれば人種や宗教などを抜きにして救助するのが日本人としての美徳であると思うのです。