平昌オリンピック
- 2018/02/05
- 14:32
今週の金曜日から冬季オリンピックが始まりますが正直あまり興味がないというのが本音だったりします。
感情移入出来ない理由はいくつかありまして、まず一つ、そもそもウインタースポーツにまったく縁がなく、自分自身、スキーもスノボもやったことがない。アイススケートはまあ通っていた中学校の近くにスケートリンクがあったから友達たちと何回か行きましたけど、そこまで面白いとは思わなかったな。こんな感じだから三つ子の魂百までじゃないですけど今なおウインタースポーツが好きになれない。寒いですし。
続いての理由は一つ目と被るのだが、茨城県民の大半がウインタースポーツには無縁。よっぽど好きな人が年に何回か福島か栃木のスキー場に足を運ぶという感じじゃないでしょうか。サッカー選手なり、野球選手なり、小さい頃からプロスポーツ選手を目指している子はもちろん茨城にもいると思いますがウインタースポーツで名を馳せようと思って英才教育を施されているお子さんがいったいどれだけいるか、少なくとも俺は聞いたことがありません。
恐らく仮に居るとすればやはりウインタースポーツの盛んな地域に引っ越してしまうと思うのです。
ウインタースポーツに関してはとかく絶望的な環境ですから茨城県代表の冬季オリンピック選手って聞いたことがない。今回、水戸市在住のスピードスケート選手、小田卓朗さんがにわかに脚光を浴びておりますが彼だって出身は北海道ですからねぇ。純粋な茨城県民というわけではないので、応援はするが、そこまで感情移入はできません。殊、冬季オリンピックに関していえば茨城県民は蚊帳の外といっても差支えはないはずだ。だからこそ、そこまで夢中になれない、これは嘘偽らざる茨城県民大多数の感想だと思う。
そして最後の理由、スポーツ競技でありながら運不運の部分が夏季五輪と比べて多すぎる。
スピードスケートは隣の選手が転べば巻き添えを喰らい自分も転倒、ジャンプは自然が相手ゆえ、たまたま自分が飛ぶときに向かい風に変わってしまい飛距離を伸ばせずに失速、フィギュアスケートに至ってはたまたま一回の着地失敗が致命傷となる、むろん、その運不運を含めてがウインタースポーツの醍醐味というのも分かるんですけど、純粋な力や技術のぶつかり合いとはちょっと違う気がしてしまうのですよ、ぼくは。
日本人の負け惜しみなのかもしれないですけどね、真央ちゃんや前回大会の高梨選手、常識的に考えれば十分メダルの資格があったと思う。だが、いくつかの不運が重なり、結局メダルに届かず。
なんとなく消化不良な気が済んだよねぇ。
これがサッカーでもいい、柔道でも、陸上競技でもいい、卓球でも、テニスでもなんでもいいのだが、夏季種目の場合、敗けるにしても見ていれば負けた理由が納得できるじゃない、相手の選手の方が一枚も二枚も上手だったなと。
でも、先頭集団を走っていた有力選手が他の選手の転倒の巻き添えをくらい失格、たまたま後ろを走っていた自分は巻き添えを喰らわずに済みそのままゴール、その結果メダルをもらいましたと言ってもなんだかなぁと思ってしまうのですよ。かつて荒川静香さんが金メダルを取った時も当時の文部科学大臣が、「ロシア選手が転んだ時はヤッターと喜びましたね」と発言し、物議を醸した、転ばなきゃ銀だったんかいと、その発言は荒川さんにもロシアの選手にも失礼やないかと。こんなバカが文部科学大臣をしているという現実に国民として情けない気持ちになったのを今でもよく覚えている。いや、分かります、運も実力の内であり、そういう運否天賦も含めてが冬季オリンピックの醍醐味だというのも。
そんなわけで、あー、平昌オリンピックが楽しみだ。
楽しみ過ぎて翌日ヤフーニュースで結果だけ見る、クソが。
感情移入出来ない理由はいくつかありまして、まず一つ、そもそもウインタースポーツにまったく縁がなく、自分自身、スキーもスノボもやったことがない。アイススケートはまあ通っていた中学校の近くにスケートリンクがあったから友達たちと何回か行きましたけど、そこまで面白いとは思わなかったな。こんな感じだから三つ子の魂百までじゃないですけど今なおウインタースポーツが好きになれない。寒いですし。
続いての理由は一つ目と被るのだが、茨城県民の大半がウインタースポーツには無縁。よっぽど好きな人が年に何回か福島か栃木のスキー場に足を運ぶという感じじゃないでしょうか。サッカー選手なり、野球選手なり、小さい頃からプロスポーツ選手を目指している子はもちろん茨城にもいると思いますがウインタースポーツで名を馳せようと思って英才教育を施されているお子さんがいったいどれだけいるか、少なくとも俺は聞いたことがありません。
恐らく仮に居るとすればやはりウインタースポーツの盛んな地域に引っ越してしまうと思うのです。
ウインタースポーツに関してはとかく絶望的な環境ですから茨城県代表の冬季オリンピック選手って聞いたことがない。今回、水戸市在住のスピードスケート選手、小田卓朗さんがにわかに脚光を浴びておりますが彼だって出身は北海道ですからねぇ。純粋な茨城県民というわけではないので、応援はするが、そこまで感情移入はできません。殊、冬季オリンピックに関していえば茨城県民は蚊帳の外といっても差支えはないはずだ。だからこそ、そこまで夢中になれない、これは嘘偽らざる茨城県民大多数の感想だと思う。
そして最後の理由、スポーツ競技でありながら運不運の部分が夏季五輪と比べて多すぎる。
スピードスケートは隣の選手が転べば巻き添えを喰らい自分も転倒、ジャンプは自然が相手ゆえ、たまたま自分が飛ぶときに向かい風に変わってしまい飛距離を伸ばせずに失速、フィギュアスケートに至ってはたまたま一回の着地失敗が致命傷となる、むろん、その運不運を含めてがウインタースポーツの醍醐味というのも分かるんですけど、純粋な力や技術のぶつかり合いとはちょっと違う気がしてしまうのですよ、ぼくは。
日本人の負け惜しみなのかもしれないですけどね、真央ちゃんや前回大会の高梨選手、常識的に考えれば十分メダルの資格があったと思う。だが、いくつかの不運が重なり、結局メダルに届かず。
なんとなく消化不良な気が済んだよねぇ。
これがサッカーでもいい、柔道でも、陸上競技でもいい、卓球でも、テニスでもなんでもいいのだが、夏季種目の場合、敗けるにしても見ていれば負けた理由が納得できるじゃない、相手の選手の方が一枚も二枚も上手だったなと。
でも、先頭集団を走っていた有力選手が他の選手の転倒の巻き添えをくらい失格、たまたま後ろを走っていた自分は巻き添えを喰らわずに済みそのままゴール、その結果メダルをもらいましたと言ってもなんだかなぁと思ってしまうのですよ。かつて荒川静香さんが金メダルを取った時も当時の文部科学大臣が、「ロシア選手が転んだ時はヤッターと喜びましたね」と発言し、物議を醸した、転ばなきゃ銀だったんかいと、その発言は荒川さんにもロシアの選手にも失礼やないかと。こんなバカが文部科学大臣をしているという現実に国民として情けない気持ちになったのを今でもよく覚えている。いや、分かります、運も実力の内であり、そういう運否天賦も含めてが冬季オリンピックの醍醐味だというのも。
そんなわけで、あー、平昌オリンピックが楽しみだ。
楽しみ過ぎて翌日ヤフーニュースで結果だけ見る、クソが。