1/30の純情な感情
- 2017/11/24
- 10:54
茨城放送には二十代半ばのフレッシュな女子アナウンサーが数名在籍している。ラジオ局であってもUstreamやYouTubeを使い積極的に動画を配信しているため、彼女たちのいでたちは声から類推するだけではなく、実際に自分の目で確認することが出来る。皆さん、実に可愛らしいお嬢さん。声で癒されるだけでなく、端麗な容姿でも和ませてもらっている。
但し、自分とは親子ほど年齢も違うため、中高生がAKBの女の子たちを見て、キャーキャーいうような感覚とはまったく違う。(彼女たちがLGBTでないと仮定して)、彼女たちには素敵なパートナーを見つけて幸せな家庭を築いてもらいたいと願う、ホント、お父さんの感覚なのである。
今のところ、その兆候すらなく、恋愛の萌芽はもしかするとすでに打ち止めになっているのかもしれないが、仮にこの先俺が再度恋愛をするようなことがあれば下は三十代半ば上は四十代後半までが自分自身の恋愛ストライクゾーンであり、石田ゆり子様のような素敵なお姉さまと恋に落ちることが出来ればと願うのであります(オイオイ)。
もちろん、俺が十代、二十代の若い頃は誤解を恐れず言わせてもらうと、三十代は立派なおばさん、四十代は枯れ尾花としか思っていなかったわけです。
しかし、自分の年齢が高くなるにつれ、恋愛対象も自ずと年相応となっていく。二十年前なら斉藤由貴の不倫話も気持ちワルゥ~、医者で金持ってんならわざわざあんなババアと不倫なんぞしなくとも若い子をいくらでも囲えるだろうと思ったものですが、今なら不倫相手の医者(パンツを頭に被っていた方)の気持ちが分かる。むしろ俺が斉藤由貴と不倫をしたい(オイオイ、本日二度目)。
年相応に恋愛対象が変わっていく俺のような感覚って極めてふつーらしいのだが、世の中には恋愛対象の年齢が固定化されたままの人がいる。
るろうに剣心の作者である漫画家・和月(わつき)伸宏さんが、児童買春・児童ポルノ禁止法違反(単純所持)容疑で書類送検された。
和月さんがどの程度の年齢層を対象にしているのかは分からないが法律云々以前に一般的感覚するとやはり異常だ。
精神医学的にはこの小児性愛、実は立派な疾患であり、成人男性の3~5%程度はその兆候があると考えられている。
もちろん、その兆候があっても良心が先に働き、心理的欲求を抑えつけている人が大半であろうから、今回のように事件として顕在化するのは極々少数なのであろうけども、成人男性が30人集まると、内一人ぐらいは小児性愛者というデータは驚きである(1/30の純情な感情、SIAM SHADE)。
小児性愛者の疾患要因は遺伝的な気質要因と子どもの時に性的虐待を受けたなど、環境要因があると考えられており、フロイトの説によると、小児性愛はエディプスコンプレックス(母親を手に入れたくて父親に対抗する気持ち)にまつわる無力感の埋め合わせで、犠牲者に対して優位で支配的であろうとする行動だと考えられているとのことである。
このへん、素人考えですが、小児性愛を疾患として片づけていいものなのかという疑問はある。小児性愛とはメンデルの法則で言うところの劣性遺伝的な問題、或いは種の保存のための神から与えられたダイバーシティの一つなのかという気もするが、性愛対象者となりうる小さなお子さんを持つ親御さんにしてみれば深刻な問題には違いはない。
ちなみに種の保存のための定義とは、人は一般的に綺麗な女性、格好いい男性に恋い焦がれるものである。人は何故綺麗と思ったり、格好いいと思ったりするのかは子孫を残すのに適した容姿だからである。前にも書いたが石原さとみさんを見て綺麗と思うのは彼女の容姿が現代の日本に於いて子を産むのに最も適した体型であるからだ。対して平安時代の美人は百人一首を見れば分かる通り、今と比べてふくよかな女性が美の象徴として描かれている。当時は飢餓の時代、細身の体では子孫を残すことが難しい時代だったのだ、だからこそ、ふっくらとした女性の方が種の保存に適していると、当時の人達のDNAに刷り込まれた。
だが、今はむしろ飽食の時代、太った女性は成人病の可能性も高くなり、種を保存するのに適さない。ゆえに、石原さとみさんのような女性を見て世の男性の大半は綺麗と思うのである。
ただ、ここが神様の素晴らしいところでもあるのだが、くれぐれも大半であって、全員ではない。もし全員が石原さとみさんしか目に入らなければ何かの拍子で石原さとみさん的な人が地上から姿を消してしまったとき、人類は種を残せず絶滅してしまう。そうならないために、太った女性や高身長の女性が好きな男性が少数派ではあるが必ず現れる(女性も然り)。
要するにこの種の保存という観点から考えた時に、そこにいったいどういう理由があるのかは分からないが小児性愛者ももしかすると人類存続の必要な素養として神様が与えた少数派の一つであるような気もしなくはないのである。
相当気持ち悪い存在には違いはないけどな。
但し、自分とは親子ほど年齢も違うため、中高生がAKBの女の子たちを見て、キャーキャーいうような感覚とはまったく違う。(彼女たちがLGBTでないと仮定して)、彼女たちには素敵なパートナーを見つけて幸せな家庭を築いてもらいたいと願う、ホント、お父さんの感覚なのである。
※ 茨城放送女子アナ動画
今のところ、その兆候すらなく、恋愛の萌芽はもしかするとすでに打ち止めになっているのかもしれないが、仮にこの先俺が再度恋愛をするようなことがあれば下は三十代半ば上は四十代後半までが自分自身の恋愛ストライクゾーンであり、石田ゆり子様のような素敵なお姉さまと恋に落ちることが出来ればと願うのであります(オイオイ)。
もちろん、俺が十代、二十代の若い頃は誤解を恐れず言わせてもらうと、三十代は立派なおばさん、四十代は枯れ尾花としか思っていなかったわけです。
しかし、自分の年齢が高くなるにつれ、恋愛対象も自ずと年相応となっていく。二十年前なら斉藤由貴の不倫話も気持ちワルゥ~、医者で金持ってんならわざわざあんなババアと不倫なんぞしなくとも若い子をいくらでも囲えるだろうと思ったものですが、今なら不倫相手の医者(パンツを頭に被っていた方)の気持ちが分かる。むしろ俺が斉藤由貴と不倫をしたい(オイオイ、本日二度目)。
年相応に恋愛対象が変わっていく俺のような感覚って極めてふつーらしいのだが、世の中には恋愛対象の年齢が固定化されたままの人がいる。
るろうに剣心の作者である漫画家・和月(わつき)伸宏さんが、児童買春・児童ポルノ禁止法違反(単純所持)容疑で書類送検された。
和月さんがどの程度の年齢層を対象にしているのかは分からないが法律云々以前に一般的感覚するとやはり異常だ。
精神医学的にはこの小児性愛、実は立派な疾患であり、成人男性の3~5%程度はその兆候があると考えられている。
もちろん、その兆候があっても良心が先に働き、心理的欲求を抑えつけている人が大半であろうから、今回のように事件として顕在化するのは極々少数なのであろうけども、成人男性が30人集まると、内一人ぐらいは小児性愛者というデータは驚きである(1/30の純情な感情、SIAM SHADE)。
小児性愛者の疾患要因は遺伝的な気質要因と子どもの時に性的虐待を受けたなど、環境要因があると考えられており、フロイトの説によると、小児性愛はエディプスコンプレックス(母親を手に入れたくて父親に対抗する気持ち)にまつわる無力感の埋め合わせで、犠牲者に対して優位で支配的であろうとする行動だと考えられているとのことである。
このへん、素人考えですが、小児性愛を疾患として片づけていいものなのかという疑問はある。小児性愛とはメンデルの法則で言うところの劣性遺伝的な問題、或いは種の保存のための神から与えられたダイバーシティの一つなのかという気もするが、性愛対象者となりうる小さなお子さんを持つ親御さんにしてみれば深刻な問題には違いはない。
ちなみに種の保存のための定義とは、人は一般的に綺麗な女性、格好いい男性に恋い焦がれるものである。人は何故綺麗と思ったり、格好いいと思ったりするのかは子孫を残すのに適した容姿だからである。前にも書いたが石原さとみさんを見て綺麗と思うのは彼女の容姿が現代の日本に於いて子を産むのに最も適した体型であるからだ。対して平安時代の美人は百人一首を見れば分かる通り、今と比べてふくよかな女性が美の象徴として描かれている。当時は飢餓の時代、細身の体では子孫を残すことが難しい時代だったのだ、だからこそ、ふっくらとした女性の方が種の保存に適していると、当時の人達のDNAに刷り込まれた。
だが、今はむしろ飽食の時代、太った女性は成人病の可能性も高くなり、種を保存するのに適さない。ゆえに、石原さとみさんのような女性を見て世の男性の大半は綺麗と思うのである。
ただ、ここが神様の素晴らしいところでもあるのだが、くれぐれも大半であって、全員ではない。もし全員が石原さとみさんしか目に入らなければ何かの拍子で石原さとみさん的な人が地上から姿を消してしまったとき、人類は種を残せず絶滅してしまう。そうならないために、太った女性や高身長の女性が好きな男性が少数派ではあるが必ず現れる(女性も然り)。
要するにこの種の保存という観点から考えた時に、そこにいったいどういう理由があるのかは分からないが小児性愛者ももしかすると人類存続の必要な素養として神様が与えた少数派の一つであるような気もしなくはないのである。
相当気持ち悪い存在には違いはないけどな。