負け戦こそ戦の花ではござらぬか、だがそれがいい
- 2017/09/27
- 09:40
今回の衆院選に限ったわけではないが、勝ち馬に乗れ的な奴というのは生き方に美学がないよなぁと鼻白む。
民進党という船に乗っていました。しかし、沈むのは時間の問題、さぁどうするか?
祇園精舎の鐘の声、まさに今は昔の源平合戦壇ノ浦、たとえ討ち死にすることが避けられない絶望的な状況だとしても船もろとも一緒に沈まなくてはならない。
ここが会社員と大きな違い。会社員なら「会社の資金繰りがヤバいことになっている」、「法律に抵触する不正な手段を用いるようになった」など、明らかにまずい状況であればイチ抜けするのは構わない、むしろ沈んでにっちもさっちもいかなくなる前にイチ抜けをしろよと思いますが政治家ってそういうもんじゃないでしょう。国の命運を握るという意味では軍人と同じ、戦艦の艦長は沈む船と命運を共にしなくてはならない。船がヤバいからと言って猪の一番に逃げるバカはコスタ・コンコルディア号やセウォル号のバカ船長ぐらいなもので(どちらも民間船だが)、政治家なら政治家らしく、最期まで政治家としての矜持を見せてもらいたいと思うのです。
もちろん、逃げるには逃げるだけの理由はあるでしょう。落選してしまったらそれまで練ってきた国民のためになる政策を実行できないという理屈もあるのだろうけど、自分の所属してきた政党でその価値ある政策を実行できなかったわけですから政策そのものがそもそも国民の支持を受けていたないことは明らか、傍目から見るとやはり都合のいい「渡りに船」としか思えないのですよ。だったら潔く沈んで死になさいと思うのです。
その点、静岡県知事選で落選したバルセロナ五輪柔道女子銀メダリストの溝口紀子さんは立派だ。
細野氏の関係者から静岡1区に立候補するよう打診されたらしいのだが、迷うことなくすぐに固辞したという。
道理だろう、さすがに柔らの道を極めただけあると、留飲を下げる思いだ。
小池旋風吹き荒れる、希望の党に入党すれば晴れて代議士さまになれるかもしれない。知名度の高さから当選は確実かもしれない。
ですが、溝口さんは「知事選で自民党の支部や1区選出の上川陽子法相にお世話になった。恩をあだで返すことはできない」と出馬要請を断ったという。政治家を志すのであればこうあるべきでしょう。自民党で落ちてしまったから、勢いづいている希望の党へというのであれば県知事選で溝口さんに投票した人たち対してもあまりに不誠実だ。
それに対して、離党届を提出した松原仁元拉致問題担当相は生き方が醜い。比例当選者でもあり、今回の衆院選に強い危機感を抱いたのであろう。沈む前に、飛び乗ってしまえとばかりに希望の党への入党を決めた。生き方がセコイ。こんな奴の入党を認める希望の党も希望の党だが、松原は節操もなけりゃ、恥も知らない。政治家というより人としてアウト。
人間には生き方の美学というものがあって然るべきだと思う。風見鶏として風の吹く方角だけを見ているのも一つの生き方かもしれないが、政治家として見るとあまりに美しくない。滅びの美学、沈み方を選ぶのも政治家の使命の一つだと思うのです。

民進党という船に乗っていました。しかし、沈むのは時間の問題、さぁどうするか?
祇園精舎の鐘の声、まさに今は昔の源平合戦壇ノ浦、たとえ討ち死にすることが避けられない絶望的な状況だとしても船もろとも一緒に沈まなくてはならない。
ここが会社員と大きな違い。会社員なら「会社の資金繰りがヤバいことになっている」、「法律に抵触する不正な手段を用いるようになった」など、明らかにまずい状況であればイチ抜けするのは構わない、むしろ沈んでにっちもさっちもいかなくなる前にイチ抜けをしろよと思いますが政治家ってそういうもんじゃないでしょう。国の命運を握るという意味では軍人と同じ、戦艦の艦長は沈む船と命運を共にしなくてはならない。船がヤバいからと言って猪の一番に逃げるバカはコスタ・コンコルディア号やセウォル号のバカ船長ぐらいなもので(どちらも民間船だが)、政治家なら政治家らしく、最期まで政治家としての矜持を見せてもらいたいと思うのです。
もちろん、逃げるには逃げるだけの理由はあるでしょう。落選してしまったらそれまで練ってきた国民のためになる政策を実行できないという理屈もあるのだろうけど、自分の所属してきた政党でその価値ある政策を実行できなかったわけですから政策そのものがそもそも国民の支持を受けていたないことは明らか、傍目から見るとやはり都合のいい「渡りに船」としか思えないのですよ。だったら潔く沈んで死になさいと思うのです。
その点、静岡県知事選で落選したバルセロナ五輪柔道女子銀メダリストの溝口紀子さんは立派だ。
細野氏の関係者から静岡1区に立候補するよう打診されたらしいのだが、迷うことなくすぐに固辞したという。
道理だろう、さすがに柔らの道を極めただけあると、留飲を下げる思いだ。
小池旋風吹き荒れる、希望の党に入党すれば晴れて代議士さまになれるかもしれない。知名度の高さから当選は確実かもしれない。
ですが、溝口さんは「知事選で自民党の支部や1区選出の上川陽子法相にお世話になった。恩をあだで返すことはできない」と出馬要請を断ったという。政治家を志すのであればこうあるべきでしょう。自民党で落ちてしまったから、勢いづいている希望の党へというのであれば県知事選で溝口さんに投票した人たち対してもあまりに不誠実だ。
それに対して、離党届を提出した松原仁元拉致問題担当相は生き方が醜い。比例当選者でもあり、今回の衆院選に強い危機感を抱いたのであろう。沈む前に、飛び乗ってしまえとばかりに希望の党への入党を決めた。生き方がセコイ。こんな奴の入党を認める希望の党も希望の党だが、松原は節操もなけりゃ、恥も知らない。政治家というより人としてアウト。
人間には生き方の美学というものがあって然るべきだと思う。風見鶏として風の吹く方角だけを見ているのも一つの生き方かもしれないが、政治家として見るとあまりに美しくない。滅びの美学、沈み方を選ぶのも政治家の使命の一つだと思うのです。
