二つの殺人事件に思うのは
- 2017/05/09
- 08:26
今治の殺人事件、被害者から検出されたDNAも一致しており、もはや犯人と断定しても差し支えないと思われる重要参考人の女、結果的に参考人自殺という遺族にすればいたたまれない結末を迎えてしまったわけですが、あくまでも個人的な俺の意見ね、俺はあの女が真犯人であるとするならば死んでくれてありがとうということ以外に言いようがない。
二人死亡で一人重傷、常識的に考えて、仮に死んだ女がなんらかの精神疾患を患っていても、死刑は免れないだろう。
しかし、日本の場合、ご存知の通り、死刑が確定するまでが尋常ならざるほど長い。最高裁まで上訴して、死刑判決確定後も再審請求をすることが死刑反対派弁護士の常套手段であるから三審制どころか、実質的には四審制だったりする。再審請求が破棄されるまでには最低でも7年、下手すりゃ10年以上掛かる。百歩譲って10年掛かっても本当に刑が執行されるのであればまだしも、現実は死刑が執行されることはごく稀。首を吊るされて死ぬ人間よりも、八王子にある医療刑務所のベッドの上で死ぬ人間の方が圧倒的に多い。
国民の八割以上が死刑制度に賛成しているのにも関わらず、この結果は如何ともしがたいと思うのは何も自分だけではないはずだ。刑事訴訟法では法相が死刑判決確定から6カ月以内に執行を命じ、さらに5日以内に執行するよう定められているがこんなにスムーズに死刑が執行されることはまずない。ゼロだ。これは2017年4月現在、確定死刑確定囚 129名がいることでも明らかで、この129人の下衆どもがベルトコンベア式に今後粛々と首を吊るされていくなんてことはほぼないと言っていいだろう。
それであればさっさと死を以て償ってくれたほうがよっぽどありがたいと思ってしまう。
また、裁判及び、死刑の執行までには莫大な金が掛かる。警察、検察、裁判官の人件費、裁判費用、国選弁護人であればその弁護士費用、これに加え、裁判が確定し、死刑が執行されるまで過ごす拘置所(死刑囚がいるのは刑務所ではなく拘置所)での光熱費、刑務官の人件費が掛かる。死刑囚が首を吊るされるのか、或いは獄中死をするのかは別にしてなんだかんだいって逮捕されてから裁判の期間を含めると20年以上は生きるであろうから恐らく数千万円、下手すりゃ億単位の金が国費、つまり税金から賄われる。
そんな無駄な金を遣うぐらいなら自ら死んでくれた方がよっぽど贖罪意識が高いと思ってしまう。
もちろん、これはあくまでも俺の個人的な意見であるから同意を求めるつもりは毛頭なく、法治国家の大原則を冒涜する許されない意見であると言われても否定はしない、甘受する。
ちなみに、その贖罪意識がまったく欠如しているのが松戸の事件の被疑者である元PTA会長のおっさん。雑談には応じるそうだが、事件に関することは完全黙秘を貫いているらしい。
黙秘権は確かに被疑者に認められた正当な権利であるが、だからと言って正直あれだけのことをしておいてそりゃあないぜと思ってしまう。
もちろん、黙秘をし続けても、今回の事件に関して言えば十分起訴するだけの証拠は集まっていると思われ、最終的には過去の判例からすると、恐らく無期懲役というところで決着すると思うが、しかしである、もしかすると故人及び、ご遺族を侮辱する言い方に聞こえるかもしれないが殺害してしまったものは仕方がないのだ。時計の針は戻せない。だからこそ、せめてもの罪滅ぼしに事件のあらましを真摯に語るというのが被疑者の役目だと思う。
それを黙秘は被疑者に認められた権利であると、いけしゃあしゃあといられる、その性根の腐った神経に強い憤りを感じずにいられない。許されることならISよりももっと残忍な方法であのクソ馬鹿を殺してやりたいと思ってしまうのです。
二人死亡で一人重傷、常識的に考えて、仮に死んだ女がなんらかの精神疾患を患っていても、死刑は免れないだろう。
しかし、日本の場合、ご存知の通り、死刑が確定するまでが尋常ならざるほど長い。最高裁まで上訴して、死刑判決確定後も再審請求をすることが死刑反対派弁護士の常套手段であるから三審制どころか、実質的には四審制だったりする。再審請求が破棄されるまでには最低でも7年、下手すりゃ10年以上掛かる。百歩譲って10年掛かっても本当に刑が執行されるのであればまだしも、現実は死刑が執行されることはごく稀。首を吊るされて死ぬ人間よりも、八王子にある医療刑務所のベッドの上で死ぬ人間の方が圧倒的に多い。
国民の八割以上が死刑制度に賛成しているのにも関わらず、この結果は如何ともしがたいと思うのは何も自分だけではないはずだ。刑事訴訟法では法相が死刑判決確定から6カ月以内に執行を命じ、さらに5日以内に執行するよう定められているがこんなにスムーズに死刑が執行されることはまずない。ゼロだ。これは2017年4月現在、確定死刑確定囚 129名がいることでも明らかで、この129人の下衆どもがベルトコンベア式に今後粛々と首を吊るされていくなんてことはほぼないと言っていいだろう。
それであればさっさと死を以て償ってくれたほうがよっぽどありがたいと思ってしまう。
また、裁判及び、死刑の執行までには莫大な金が掛かる。警察、検察、裁判官の人件費、裁判費用、国選弁護人であればその弁護士費用、これに加え、裁判が確定し、死刑が執行されるまで過ごす拘置所(死刑囚がいるのは刑務所ではなく拘置所)での光熱費、刑務官の人件費が掛かる。死刑囚が首を吊るされるのか、或いは獄中死をするのかは別にしてなんだかんだいって逮捕されてから裁判の期間を含めると20年以上は生きるであろうから恐らく数千万円、下手すりゃ億単位の金が国費、つまり税金から賄われる。
そんな無駄な金を遣うぐらいなら自ら死んでくれた方がよっぽど贖罪意識が高いと思ってしまう。
もちろん、これはあくまでも俺の個人的な意見であるから同意を求めるつもりは毛頭なく、法治国家の大原則を冒涜する許されない意見であると言われても否定はしない、甘受する。
ちなみに、その贖罪意識がまったく欠如しているのが松戸の事件の被疑者である元PTA会長のおっさん。雑談には応じるそうだが、事件に関することは完全黙秘を貫いているらしい。
黙秘権は確かに被疑者に認められた正当な権利であるが、だからと言って正直あれだけのことをしておいてそりゃあないぜと思ってしまう。
もちろん、黙秘をし続けても、今回の事件に関して言えば十分起訴するだけの証拠は集まっていると思われ、最終的には過去の判例からすると、恐らく無期懲役というところで決着すると思うが、しかしである、もしかすると故人及び、ご遺族を侮辱する言い方に聞こえるかもしれないが殺害してしまったものは仕方がないのだ。時計の針は戻せない。だからこそ、せめてもの罪滅ぼしに事件のあらましを真摯に語るというのが被疑者の役目だと思う。
それを黙秘は被疑者に認められた権利であると、いけしゃあしゃあといられる、その性根の腐った神経に強い憤りを感じずにいられない。許されることならISよりももっと残忍な方法であのクソ馬鹿を殺してやりたいと思ってしまうのです。