やっぱり愛は打算
- 2014/12/30
- 23:36
『1日午前1時45分ごろ、茨城県ひたちなか市内の県道を横断していたとみられる男性が車2台にはねられて死亡する事故が起きた。2台とも現場から逃走したが、いずれの車も後に現場へ戻っており、警察は運転者からひき逃げ容疑で事情を聞いている。
茨城県警・ひたちなか西署によると、現場はひたちなか市勝田本町付近で片側1車線の直線区間。横断歩道や信号機は設置されていない。53歳の男性は徒歩で横断していたとみられるが、進行してきた軽乗用車にはねられ、対向車線側へ弾き飛ばされたところ、別の乗用車にもはねられた。
男性は全身強打でまもなく死亡。事故に関与した車は2台とも現場から走り去っており、警察は死亡ひき逃げ事件として捜査を開始したが、最初に男性をはねた軽乗用車を運転していた20歳女性と、次にはねた乗用車を運転していた45歳の男性はいずれも後に現場へ戻り、居合わせた署員に事故へ関与したことを申告している。
警察では2人から自動車運転過失致死と道路交通法違反(ひき逃げ)容疑で事情を聞いているが、最初にはねた女性は「気が動転してそのまま走り去った」、次にはねた男性は「人ではないと思ったが、気になったので戻ってきた」などと供述しているようだ。
警察では2人からさらに事情を聞くとともに、事故発生の経緯を詳しく調べている。(毎日新聞)』
数日前、この事件の裁判を傍聴した。被告人は軽自動車を運転していたA子だ。
ことの顛末はこの通りなのだが、少し補足すると、A子は事故の直前婚約者である彼と婚約が破談になるような大喧嘩をしてしまう。公判でも喧嘩の内容には触れなかったので中身については分からず仕舞いだが、怒り心頭で彼氏の元から飛び出したA子、尋常ならざる精神状態であったのは疑いようがない。
弱り目にたたり目といえばいいのか、おり悪くそんな時に限ってであるが、酩酊状態の被害者Bさんが突如歩道から路上に飛び出してしまったのである。
カリカリしていたA子はBさんに気付くのが遅れ、Bさんを跳ね飛ばしてしまった、ま、これが事故のいきさつ。
なんで昨日愛の定義などという仰々しいタイトルでブログを更新したかといえばこの事件の裁判を見て色々考えさせられたからだ。なお、判決は年明けの8日であるから出ていない。
A子は現在、婚約者の実家で、婚約者の家族とも暮らしている。A子は逮捕されなかったのか、或いは保釈でシャバに出ているのか、裁判でも触れられなかったのでそこら辺はよく分からない。
そんなA子の情状証人に立ったのは事故の間接的原因ともなった婚約者の彼だ。
彼は、今回事故を起こしてしまったことに対し、直接の加害者ではなくとも自分にも責任の一端があり、被害者にお詫びのしようがない、いかなる判決になろうとも、A子とともに一生償っていくと涙ながらに切々と裁判長に訴えた。傍聴席には婚約者の両親の姿もあり、家族揃って償っていくということで一致しているのだそうだ。
俺は何百人という女の子の『リアル』を目の当たりにしてきたわけじゃん、ワリィんだけどさ、人間観察のスペシャリストの俺からすると、おい、あんちゃん、なーにが一生懸けて償っていくだ、バカヤロウ、22才の世間知らずのガキが一過性の情に流されてクソみてぇなことを言ってんじゃねぇぞ、テメェって思いましたね。
自分がこの十字架を背負っていかなければならないと、勝手にヒロイズムというかニヒリズムに酔ってるだけ。
なぜなら婚約が破談になるぐらいの大喧嘩をしたのに関わらず、仲直りの切っ掛けが死亡事故って、俺から言わすとそれこそ被害者に対して不誠実だって話だ、バカヤロウ。
示談が済み、ほとぼりが醒めりゃ、ぜってぇ、なんか揉めたら何で人殺しの女と一緒になっちまったんだと頭抱え込むの見え見えだもん。
家族だって同じ、今は色んな意味で盛り上がっているから一生支え合っていこうなんて自惚れているが、時が経つにつれて、なんでこのバカ嫁のために俺たち家族が苦労せにゃならんのかと思うに決まってもん。
A子もそう。よくもまあ裁判も終わってもいねぇのに婚約者の家に居座れるよな、実家で喪に服しているのがせめてもの誠意じゃねぇか。だいたい一緒に住んでりゃ若けぇオスとメスだ、なんだかんだいってバコバコ、バコバコさかりのついた野良猫のようにやりまくるだろう。それもどうかと思うよ。
こんなんでよう、一生懸けて償っていきますなんていわれたところでまったく説得力ねぇから、バカ。
野郎からすりゃ、一生の償いと若いA子の体を天秤に掛けた時、A子の体を弄ぶほうが楽しいからそっちを選んだのだに過ぎない。理由は簡単、対人無制限補償の任意保険に入っているため、実質的な金銭負担は墓参りに行くときの油代と手土産代くらいだから。もし仮に、これが任意保険に入っていなかったらどうか、家土地売って被害者に弁済するかといえば、おめぇが起こした事故、俺、知~らねえになんじゃねぇの?
A子も打算なんだよ。この先自分の人生どうなるか分からず不安、彼氏んちの家族が面倒見てくれるっていうし、せっかくだから乗~っちゃおうという魂胆が見え見え。
繰り返すが俺は最底辺の人が行き交う人間交差点のど真ん中で生きてきたからある意味裁判官や検察官なんぞより、よっぽど人の性(さが)が見えんだよ。
一見すると美談じゃん、刑務所に行くかどうかは知らんが仮に刑務所に行ったとしても(示談も進んでいるし、被害者にも落ち度はかなりあるので執行猶予判決の可能性高し)、帰りを待ち、その後は真面目に働いて一生掛けて被害者に償っていく、もうこれだけで三文小説が書けそうだよな、徳さんなら涙ボロボロ流しますよ。
しかしねぇ、俺はこんなしょーもない芝居に騙されるほど、安っぽい世界で生きてきたわけじゃないんでねぇ、人間の根底に流れる淀んだ澱(おり)のようなものを嫌つぅ程見てきた。
綺麗事を言っても人間最終的には本音がポロっと出て、上っ面だけの薄っぺらい関係が一瞬にして瓦解する、裏を返せばそれが人間の営みだともいえる。
ある意味盛り上がっているうちが華。
男女の愛なんて結局計算ずくの打算だ、打算。
そのうち、ささないな一言から火が点いて、出ていけ人殺しなんて犬も喰わねぇような喧嘩を始めるのがオチ。
少なくとも俺はそう思う。
俺は俺、人は人、ミッキーはネズミ。
茨城県警・ひたちなか西署によると、現場はひたちなか市勝田本町付近で片側1車線の直線区間。横断歩道や信号機は設置されていない。53歳の男性は徒歩で横断していたとみられるが、進行してきた軽乗用車にはねられ、対向車線側へ弾き飛ばされたところ、別の乗用車にもはねられた。
男性は全身強打でまもなく死亡。事故に関与した車は2台とも現場から走り去っており、警察は死亡ひき逃げ事件として捜査を開始したが、最初に男性をはねた軽乗用車を運転していた20歳女性と、次にはねた乗用車を運転していた45歳の男性はいずれも後に現場へ戻り、居合わせた署員に事故へ関与したことを申告している。
警察では2人から自動車運転過失致死と道路交通法違反(ひき逃げ)容疑で事情を聞いているが、最初にはねた女性は「気が動転してそのまま走り去った」、次にはねた男性は「人ではないと思ったが、気になったので戻ってきた」などと供述しているようだ。
警察では2人からさらに事情を聞くとともに、事故発生の経緯を詳しく調べている。(毎日新聞)』
数日前、この事件の裁判を傍聴した。被告人は軽自動車を運転していたA子だ。
ことの顛末はこの通りなのだが、少し補足すると、A子は事故の直前婚約者である彼と婚約が破談になるような大喧嘩をしてしまう。公判でも喧嘩の内容には触れなかったので中身については分からず仕舞いだが、怒り心頭で彼氏の元から飛び出したA子、尋常ならざる精神状態であったのは疑いようがない。
弱り目にたたり目といえばいいのか、おり悪くそんな時に限ってであるが、酩酊状態の被害者Bさんが突如歩道から路上に飛び出してしまったのである。
カリカリしていたA子はBさんに気付くのが遅れ、Bさんを跳ね飛ばしてしまった、ま、これが事故のいきさつ。
なんで昨日愛の定義などという仰々しいタイトルでブログを更新したかといえばこの事件の裁判を見て色々考えさせられたからだ。なお、判決は年明けの8日であるから出ていない。
A子は現在、婚約者の実家で、婚約者の家族とも暮らしている。A子は逮捕されなかったのか、或いは保釈でシャバに出ているのか、裁判でも触れられなかったのでそこら辺はよく分からない。
そんなA子の情状証人に立ったのは事故の間接的原因ともなった婚約者の彼だ。
彼は、今回事故を起こしてしまったことに対し、直接の加害者ではなくとも自分にも責任の一端があり、被害者にお詫びのしようがない、いかなる判決になろうとも、A子とともに一生償っていくと涙ながらに切々と裁判長に訴えた。傍聴席には婚約者の両親の姿もあり、家族揃って償っていくということで一致しているのだそうだ。
俺は何百人という女の子の『リアル』を目の当たりにしてきたわけじゃん、ワリィんだけどさ、人間観察のスペシャリストの俺からすると、おい、あんちゃん、なーにが一生懸けて償っていくだ、バカヤロウ、22才の世間知らずのガキが一過性の情に流されてクソみてぇなことを言ってんじゃねぇぞ、テメェって思いましたね。
自分がこの十字架を背負っていかなければならないと、勝手にヒロイズムというかニヒリズムに酔ってるだけ。
なぜなら婚約が破談になるぐらいの大喧嘩をしたのに関わらず、仲直りの切っ掛けが死亡事故って、俺から言わすとそれこそ被害者に対して不誠実だって話だ、バカヤロウ。
示談が済み、ほとぼりが醒めりゃ、ぜってぇ、なんか揉めたら何で人殺しの女と一緒になっちまったんだと頭抱え込むの見え見えだもん。
家族だって同じ、今は色んな意味で盛り上がっているから一生支え合っていこうなんて自惚れているが、時が経つにつれて、なんでこのバカ嫁のために俺たち家族が苦労せにゃならんのかと思うに決まってもん。
A子もそう。よくもまあ裁判も終わってもいねぇのに婚約者の家に居座れるよな、実家で喪に服しているのがせめてもの誠意じゃねぇか。だいたい一緒に住んでりゃ若けぇオスとメスだ、なんだかんだいってバコバコ、バコバコさかりのついた野良猫のようにやりまくるだろう。それもどうかと思うよ。
こんなんでよう、一生懸けて償っていきますなんていわれたところでまったく説得力ねぇから、バカ。
野郎からすりゃ、一生の償いと若いA子の体を天秤に掛けた時、A子の体を弄ぶほうが楽しいからそっちを選んだのだに過ぎない。理由は簡単、対人無制限補償の任意保険に入っているため、実質的な金銭負担は墓参りに行くときの油代と手土産代くらいだから。もし仮に、これが任意保険に入っていなかったらどうか、家土地売って被害者に弁済するかといえば、おめぇが起こした事故、俺、知~らねえになんじゃねぇの?
A子も打算なんだよ。この先自分の人生どうなるか分からず不安、彼氏んちの家族が面倒見てくれるっていうし、せっかくだから乗~っちゃおうという魂胆が見え見え。
繰り返すが俺は最底辺の人が行き交う人間交差点のど真ん中で生きてきたからある意味裁判官や検察官なんぞより、よっぽど人の性(さが)が見えんだよ。
一見すると美談じゃん、刑務所に行くかどうかは知らんが仮に刑務所に行ったとしても(示談も進んでいるし、被害者にも落ち度はかなりあるので執行猶予判決の可能性高し)、帰りを待ち、その後は真面目に働いて一生掛けて被害者に償っていく、もうこれだけで三文小説が書けそうだよな、徳さんなら涙ボロボロ流しますよ。
しかしねぇ、俺はこんなしょーもない芝居に騙されるほど、安っぽい世界で生きてきたわけじゃないんでねぇ、人間の根底に流れる淀んだ澱(おり)のようなものを嫌つぅ程見てきた。
綺麗事を言っても人間最終的には本音がポロっと出て、上っ面だけの薄っぺらい関係が一瞬にして瓦解する、裏を返せばそれが人間の営みだともいえる。
ある意味盛り上がっているうちが華。
男女の愛なんて結局計算ずくの打算だ、打算。
そのうち、ささないな一言から火が点いて、出ていけ人殺しなんて犬も喰わねぇような喧嘩を始めるのがオチ。
少なくとも俺はそう思う。
俺は俺、人は人、ミッキーはネズミ。