R子の一件は彼女の退店をもって話は終わった。それはよかったが問題はドライバーのAだ。
あの件以降、出るわ、出るわ、Aの女癖の悪さが。
食事に行こう、飲みに行こうはまだしも、送迎の車の中で疲れちゃったから膝枕させて、女性の髪(時には手や太もも)を撫でると心が落ち着くから撫でさせて、等々、聞く限り、ほぼ全員にアプローチを掛けていた。完全に病気だ。
R子をディズニーランドに誘ったのもR子に惚れたのではなく、たまたまR子が渋々ながらもいくといったからだ。別にR子じゃなくてもよかったのだ。
キャストたちを叱った。なんでそんなセクハラまがいのことをされているのに黙っていたんだとキレた。
「いや、オーナーにいってAさんとの関係が気まずくなったらこっちも仕事やりずらいじゃん、だから黙っていたの、ごめんなさい」
さすがにこのときは俺も怒り心頭、惚れた女に一途なら見て見ぬふりもしてやるが、店の女の子に片っ端から声を掛けていたとは言語道断。キャストは店の商品、その商品にちょっかいを出すとは断じて許し難し。女性を売り物とは何事だといわれる方もいるだろうが、大切な売り物だからこそ俺も大事に扱う、その商品を売る前に自らで食べてしまう商売人がどこにいるか、だからこそ、俺はキャストと不適切な関係にもならなかったし、キャストたちも信用してくれていたと思う。その信用を踏みにじった罪は大きい、Aを痛めつけてやるしかねぇなとこぶしを握った。
次の日からAは出勤せず。店長が電話をしてもケータイの電源を落としてあり、繋がらない。俺の怒りを察知したのだろう。ドライバー仲間か、キャストの誰かから情報が入ったのに違いない。
基本的に俺は暴力を振るわない。
だが、あくまでも基本的にだ、決してゼロではない。
その当時、格闘家とやって勝てるとは思わないが、だからといって日本人の格闘家であればそこそこ応戦できるぐらいの腕っぷしはあると自負していた。やるときにやらないと自らの沽券にかかわる。それ以前に感情が昂って奴を殴らずにはいられない。
だから死なない程度に絞めあげようと決めた。その結果、Aが数日寝込むようなことがあってもそれは身から出た錆、甘んじて受け入れなくてはならない、あばらの数本は覚悟してもらう、それだけのことをAはした。
しかし、それ以降、Aは現れなかった。昔からいるキャストは普段温厚でも怒ると手が出るのを知っているし、間近でその現場を見ている子もいる。いくらちょっかいを掛けてくる不謹慎なドライバーであっても顔の形が変形するほど殴られるのは忍びないと憐憫の情が湧き、キャストの誰かがそっと告げ口をしたのかもしれない。
このAも店長がR子と同じくどこかで見つけてスカウトしてきたので素性を実は知らない。一応、鉾田市出身であると聞いてはいたが、それだって本当かどうかも分からず、だいたい鉾田だけじゃ広すぎて特定のしようがない。
結局、電源を切ったままだ。
それでも俺は諦めがつかず、しつこく電話を掛け続けた。俺の携帯番号からだと用心して出ないため、奴が番号を知らないもう一つの携帯から掛け続けた。一か月ぐらい経って、ある日呼び出し音が鳴った。
「よう、俺だよ、元気してたか、てめぇ」
「どちらさんですか?」
「ほう、お前いい度胸してるな、俺だよ」
「あっ……」
また、電源を切りやがった。その翌日には携帯を解約したのか、番号を変えたのかは分からないが「この番号は現在使われておりません」のアナウンスが流れるだけになってしまった。
なにも出来ずに終了。
一連の流れはこれでおしまいであるが、実質的には俺の完敗だ。何一つ出来なかった。
もしかすると奴は暫くの間びくびくしながら生きていたのかもしれないがそれだってどうだかは分からない。内心逃げ切れたとほくそ笑んでいた可能性すらある。俺は独りよがりかもしれないがキャストやドライバーに対しても分け隔てなく礼節をもって接してきたつもりだ。決して威張りくさったりはしない。年下であっても呼び捨てにはせず、君付けで呼び、出来る限り人格を尊重していたつもりだ。いくら真摯に接しても一部の人間はまさかと思うようなことをする。
そんなに女が欲しければキャバクラや風俗で探せばいいじゃないか、出会い系サイトだってある。なんで目先の商品に触れようするのか。
そもそもこいつの女性依存症は完全に精神疾患だろう。Aは元々美容師として働いていたという。会話の端々からそれは本当だと思う。美容師でなければ知らない業界用語や美容業界ならではのよもやま話をいう。
そんな美容師がどんないきさつで違法フーゾクに飛び込んできたのか知る由もないが、美容師は引く手あまたの人気資格だ。わざわざ手が後ろに回るリスクを抱えてまでする仕事ではない。まともな働き口があるのならそっちで働いた方がいいに決まっている。社会からあぶれてしまった俺みたいなはみ出しものだからこそ辛うじてぶら下がってもいられるが普通は立ち入らない方がいい不純な世界であるのは間違いない。
Aがこの世界に飛び込んできたのは手っ取り早く女の子と触れられるからか、或いは女絡みでなにかしでかしてしまい美容業界にいられなくなってしまったかのいずれかだと思う。
最終的にはそういう人間をなんら疑いもせず、使ってしまった俺の判断ミスだが、その判断ミスを戒めるためにも奴を痛めつけたかった。話はここまでだ。特にこれといったオチはない。夢を見たついでに当時の出来事を書いただけ。
おわり